『できそこないが生き延びた?』
『はい。残念ながら、魔道具は壊れたようです』
『魔道具が壊れた? 彼のものに、そのような力は残ってはいない。誰が介入した? 赤か?』
『いいえ。『赤の魔術師』との接触はございません』
『エスタニアの馬鹿どもか?』
『いえ、動きは掴んでおりますが』
『となれば『至宝』が動いたか……。されど、赤が接触を許すとは思えん。まあよい。我々の手駒が、無傷で戻ってきた。糧となれど負にはならん。実験を続けろ』
『御意』
『やつとの連絡は取れたか?』
『それが……不甲斐なく』
『まあよい。やつは赤にしか興味を持たん。放置でよかろう。この内乱をかき乱せば、よき余興となろう』
『御意』
神は(・・)我が帝国に味方した──。帝国の繁栄すなわち世界の統一』


***


 謹慎中の俺は、伯爵家の客室で魔術書を読み漁っていた。
 その横でつまらなそうな顔をしたシルビアが、ハクのふわふわの毛をなでていた。
 なでる手つきの甘さに思わず指導が入る。

「シルビア、ここは優しく、そこから先は強くするんだ」
「うるさいのぅ。別にどう触ろうと妾の勝手じゃ」
「なでられるハクの気持ちも考えて! お互い気持ちよくないとだめ」

 俺の指摘にシルビアは口を尖らせるも、俺の指示通りに手を動かす。
 ハクの尻尾がゆらゆらとリズムよく揺れだした。

〈気持ちいい〉
「ふふん。妾とてやればできるのじゃ」

 自慢げな顔して胸を張るシルビアを尻目に、ふとした疑問を俺は口にする。

「そういえば、ディアたちとのお出掛けはよかったの?」
「むぅ。小遣いがなくなったのじゃ。小娘に借りを作るのは癪じゃ」
「賭け事もほどほどにしないと」
「ぬぅー。あれさえ当たっていれば、損失を取り戻せたのじゃ」
「その考え方はだめだよ。自業自得だね」
「むぅー。しかし、あやつの予想では、絶対じゃと」
「世の中に絶対はないよ」

 俺の呆れ口調にシルビアが拗ね、ハクの毛に頭を埋めた。

「妾だってわかっておるのじゃ」

 ハクの毛に顔を埋めたまま、シルビアはくぐもった声でぶつぶつと不満を漏らす。
 そんなシルビアをハク自身は嫌がっておらず〈ハクがなぐさめる!〉と、よくわからない使命感を抱いていた。
 俺とシルビアは物理的に100キロ離れると、シルビアが俺の元に強制転移する。
 本人もそのような制約があるとはつゆ知らず、叔父が俺をアーベル家へ連れ立って強制転移した時に、はじめて知ったのだ。
 ヘルプ機能が、色々と調べてくれているが、解決策は未だ見つかっていない。
 現状、不便はないが、今後のことを考えると課題である。

「ジークベルト」

 俺を呼ぶ声に顔を上げると、木刀を持ったヨハンが、はにかんだ笑顔で俺を見ていた。

「手習いしよう」
「ヨハン君は、予選を観戦しなくていいの?」
「うん。この前、ヴィリバルト様に頭を見てもらったら、剣の才能があると言われたんだ」

 ヨハンが胸を張って伝えるそばで『知っているよ』と、俺は数日前の出来事を思い出した──。


 ***


 緊迫した室内で、ベッドに横たわるヨハンがいた。
 深い眠りに落ちているようで、人が近づいても反応がない。
 胸が上下しているので、息をしていることに安堵する。

「視終わったのですか」

 ベッドの前で腰をかけている叔父に近づく。

「あぁ、核心部分はね」

 叔父が気怠そうな顔で俺を見る。
 その色気にあてられ、背筋からいいようもない何かが走った。
 俺の顔が真っ赤になる。
 無意識にでるものこそ本物なのだ。
 頭を抱えたくなる状況だが、叔父にしては余念のない準備と警備体制、人払いの意味に納得した。
 ああ、ヴィリー叔父さん、俺が来たことに安堵して、無防備な表情で微笑んでるよ。
 これ人害、公害レベルなんですけど。絶対に身内以外近づけてはいけないよね、これ。
 俺はハッとして、部屋の扉に目をやり、外の気配を窺う。
 誰もいないことを確認して、再び叔父に目をやる。
 それにしても、今の叔父は無防備すぎる。
 ほぼ枯渇に近い、相当量の魔力を使用したのだろうと予測できた。
 人の記憶を視る魔法は禁忌に近い。
 魔法の技術や魔力、それに加え精神力が影響するのだろう。
 おそらく使用できるのは、世界でも数人だと理解する。

「僕たちは今から何をすればいいのですか」
「もう一度、彼を視る。その時に土魔法で人物を作って欲しい」

 叔父らしくない断片的な説明に俺は頭を傾げる。
 すぐにいくつかの疑問を叔父になげた。

「もう一度って、魔力は大丈夫なのですか。それに土魔法を使用するのはいいですが、僕に視ることはできません。どうするんですか」
「彼とはまだ切れていないからね。核心部分の記憶の箇所はわかっているので、その部分だけを視せるよ」
「視せるとはどのようにして?」

 叔父が俺の肩にいるスラを指さした。

「スラできるよね」

 叔父の端的な説明にスラが「ピッ!〈肉!〉」と、俺の肩から下り、叔父の膝の上で交渉し始めた。

「オークキングの肉でどうかな」
「ピッ!〈もう一声!〉」
「追加でオークの肉を五」
「ピッ!〈もう一声!〉」
「わかったよ。難しいことをお願いしているからね。オークキングの肉とオークの肉二十。これ以上はさすがにだめだよ」
「ピッ!〈のった!〉」

 叔父との交渉を終えたスラはぷるんっと誇らしげに体を揺らし、定位置である俺の肩に戻った。

「安請け合いして、大丈夫なのスラ?」
「ピッ〈なんとかする〉」
「なんとかできるものなの」

 心配する俺をよそに、スラは見事に期待に応えた。
 叔父の頭部をスラが包み込むと、念話を介して俺に情報を伝え視せる。
 脳に直接送られる情景に、最初俺は戸惑いを隠せず狼狽したが、すぐに気を取り戻すと、その情景を基に土魔法の『形成』を使って再現した。
 精巧に作られたそれは、子供たちの記憶を消した人物を鮮明な形で作り出せた。

「ピッ〈がんばった〉」

 叔父の頭部からスラの声が聞こえる。
 そのまぬけた姿に、不謹慎ながら笑いを耐えるのに苦労した。
 あんな姿の叔父を拝めることは滅多にないので、いい経験だ。
 叔父が俺の作製した像を見て、ひとつ頷いたのだった──。