「やはり家が一番落ち着くね」

 強制転移に叔父の思考が読めず、呆然と突っ立っている俺をよそに、叔父は優雅にソファに腰をかけた。

「ヴィリー叔父さん、説明!」
「説明いる?」

 俺の要求に答えることをせず、叔父は首をかしげる。
 そんな叔父の態度に、俺は切れた。

「いるに決まってます! 突然、転移させられて、移動先がヴィリー叔父さんの屋敷だったからよかったものの、もし知らない場所なら、不安が募りますよ。それに何の説明もなく突然転移されれば、残された側も多いに困惑します。それに、それに、ぼくは、行方不明先から帰宅したばかりです。ハクやスラ、ディアやエマと、ほんの僅かしか言葉を交わしていません」

 俺は肩で息をしながら、怒りを隠さずに主張した。
 そんな俺を見て、叔父は、少し困ったように微笑む。

「ジーク、少し落ち着こうか」
「落ち着いています!」
「困ったなぁ。もうすぐ理由がわかると思うんだけどね」
「どういう意味ですか?」

 叔父の不可解ともいえる言動に、興奮した気持ちが下がる。
 俺が困惑していると、突然、シルビアが現れた。

「なっ、何故、転移するのじゃ?」
「シルビア!?」

 俺の目の前には、部屋で寛いでいた思われるシルビアが、口の周りにお菓子の屑をつけながら、呆けた様子で、突っ立っていた。
 あまりにお粗末なその姿に、さすがにかわいそうだと思う。

「やはりね。君、ジークと契約を交わしたね」

 叔父の冷淡な声が部屋に響く。

「半魔だからと油断したよ。君の魔力の波動が、ジークと同調している。視える者には視えるんだよ。油断したね。無意識なのかい? それとも意図的にかい?」
「妾は、知らんのじゃ」

 叔父の言葉攻めに、シルビアは異を唱えるも、すぐに俺のうしろに隠れ、マントを引っ張る。
 俺はシルビアを背に隠しながら、うつむいた。
 叔父は、すべてを把握している。
 この人に、下手な隠蔽をしたのがそもそも間違いなのだ。
 強制転移の理由は、俺とシルビアの魔契約の確証を得るため。俺たちも知らなかった俺とシルビアが一定距離離れると強制的にシルビアが転移することも、予測していた。
 ん? ちょっと待て。
 叔父は、シルビアがまだ半魔であると思っている。
 なにか、ヒントになったからくりがある。
 魔力の波動、同調、そこから魔契約と転移が結びつくのか?
 だとしたら、シルビアの正体が判明したわけではない。
 ああ、そうだった。
 叔父のそばには『真実の眼』を持つフラウがいる。
 これは腹を括るしかないようだ。
 
「ふーん、まぁいいよ。今は許してあげるよ」

 俺が顔を上げると、叔父が意外そうに目を見開き、そう言った。
 本当に、この人には敵わない。
 俺は一度、瞳を閉じると覚悟を決め、叔父を呼んだ。

「ヴィリー叔父さん」
「なんだいジーク?」

 優しさの中にも厳しさが混じったその視線を受けながら、俺は告げる。

「シルビアに魔契約を隠すよう命令したのは、ぼくです」
「ジークは内容を承知で、契約したんだね」
「はい」

 俺は叔父から視線を外さず、うなずいた。
 今さらだが、誠意と覚悟をみせる必要があった。
 この行為にどこまでの効力、意味があるかわからないけど、視線を外してはいけない。

「なるほど。では、半魔としての記憶は残っているのだね」
「いいえ。シルビアには、半魔としての記憶はありません。そもそもシルビアは、半魔ですらありません。シルビアには、多くの枷があります」
「半魔ですらない? 多くの枷?」

 俺の言葉に困惑する叔父。
 叔父の想像を越えたようだ。
 すると頭の中で、必死に訴える声が聞こえる。
 今までシャットダウンしていたが、説明は必要だ。

「少し待ってくれませんか。話す内容を相談(・・)させてください」
()だね。わかった。待つよ」
「ありがとうございます」

 俺の突拍子もない申し出に、叔父はなにも聞かず、すぐ理解してくれた。
 感謝を伝える俺に、叔父の対面のソファに座るように促す。
 その気遣いにうなずき、静かに腰をかけた。
 シルビアも俺の横に隙間なく座ると、俺の腕を両手でギュッと掴む。
 シルビアと目線を合わしうなずく。 
 頭に響く『ご主人様、お待ちください』を連呼して、必死に訴えている声の主に相談と言う名の説得をはじめる。

 ヘルプ機能、待たせてごめんね。

 ***********************

 ご主人様!
 ヴィリバルトに、駄犬の正体を明かすのは、時期尚早かと存じます。

 ***********************

 ヘルプ機能の言い分は、もっともだと思うよ。

 ***********************

 では、考え直して頂けるのですね。
 半魔ですらないとの発言は、取消しができませんので、魔族であることに致しましょう。

 ***********************

 ヘルプ機能、たぶん、ヴィリー叔父さんは『超越者』だよ。
 シルビアが、俺のマントを離さなかった理由って、ヴィリー叔父さんでしょ。
 本能で敵わない相手だと感じ取ったんじゃないかな。
 だから今も、恐いのか、俺のそばを離れないんだよ。

 ***********************

 お待ちください。
 記録を調べたところ、ヴィリバルトは『強者』です。
 それがこの八年で『超越者』の領域に入ったと、ご主人様はお考えなのですか。
 ありえません。凡人枠である人間が、クラスアップを自らするとは、聞いたことがございません。
 しかしながら、ヴィリバルトの当時のスキル取得を考えれば、否定できないことも事実です。

 ***********************

 凡人枠?

 ***********************

 この世界の『生命の理』の一つです。
 種族により、ある一定の枠組みがございます。
 例えば、人間は、凡人枠です。魔族は、異才枠と、種族により枠がございます。
 枠組は、スキル取得や称号、レベルの上限など一定の決まりがございます。
 例えば、スラは『分離』をスキルとして取得できますが、人間は取得することができません。
 称号『超越者』は、主に魔族やハイエルフなどといった異才枠などの枠組みの中で取得が可能です。
 ただし、クラスアップができれば、凡人枠である人間も『超越者』を取得することは可能です。
 クラスアップは、この世界では、神族の中でも一定の力を持つものだけが、使える能力であると聞いております。
 おそらくですが、駄犬の元の主は、それを使える者です。
 しかしながら、神族以外が、それを行使したとは文献でも見当たりません。
 ご主人様のように、種族は一応人間ですが、裏設定で、スーパーウルトラ超特別枠に属しているのなら納得がいきます。

 ***********************

 いま、サラッと爆弾入りましたよね。
 枠組みの概要をなぜ詳細にヘルプ機能が知っているのかとか、多くの疑問はあるんだけど、何より、俺が、スーパーウルトラ超特別枠だっけ、ほぼ同じ意味の単語を並べて、すごいように見せているとしか思えない枠に、裏設定で入っているのは、どうしてなのかな?
 しかも、それをなぜヘルプ機能は知っているのかな?

 ***********************

 うっ、それは、申し訳ございません。
 誓約があり、今の(・・)ご主人様には、お答えができません。
 私が、ご主人様のヘルプ機能である理由でもございます。
 時がきましたら、私がご主人様の前に、本当の姿(・・・・)で立つことができれば、必ずお答え致します。お約束します。
 それまで、お待ちください。

 ***********************

 誓約ね。
 今まで、回答できなかったのは、単純に俺の魔力が不足していただけかと思っていたけど、そうではないってことだね。

 ***********************

 ご主人様の魔力が増加することにより、私の制限が徐々に解除されます。
 最終形態は、ご主人様の前に人型として現れ、許されることにより、全ての制限が解除され、誓約がなくなります。

 ***********************

 精霊の森に行きたいのは、その制限を解除するために必要ってことだね。

 ***********************

 はい。
 詳細をお伝えすることはできませんが、その通りです。

 ***********************

 なるほど。わかった。待つよ。
 ヘルプ機能には、お世話になっているし、仲間だしね。
 だけど、精霊の森は、待ってね。
 あそこに行くと、付随して何かがついてきそうだからね。

 ***********************

 ありがとうございます。
 精霊の森は、もう急かしません。
 当初は、制限解除のために、行って頂ければと思っておりましたが、すでに、私の制限は半分ほど解除されておりますので、急かす必要がございません。

 ***********************

 そうか。よかったよ。
 成人してから考えるよ。

 ***********************

 できれば、もう少し早く行動して頂ければ、有難いです。

 ***********************

 冗談だよ。
 ただ、子供の俺では対応できないから、あと五年は待って欲しい。

 ***********************

 承知致しました。
 余談となりますが、数日前、駄犬に会う直前、ご主人様の頭に『超越者』との言葉が出てきたかと存じます。
 長寿である種族の可能性が高いので、会えるかも知れないとも思われましたよね。
 その通りです。
『超越者』を取得すれば、寿命も延びますので、会えるかと存じます。
 その時にお伝えできればよかったのですが、神族の圧が強く、お声かけができませんでした。

 ***********************

 あぁ、あの時の神殿のことだね。
 普段なら、ヘルプ機能が補佐してくれるのに、おかしいとは思ったんだよ。
 情報がないのかとも思ったんだけど、神族からの圧力がかかっていたんだね。
 へぇー。
 シルビアの元の飼い主って、相当すごい人物なんだろうね。
 まぁ、俺とシルビアに自身の加護を与えるぐらいだから、神様の類いなんだろうけどね。
 どちらにしろ、今はいいや。
 答えはでないし。
 さて、本題に戻ろうか。
 叔父が、どのようにしてクラスアップをしたのかは不明だけど、俺の直感は叔父が『超越者』であると言っている。
 お互い現在のステータスを把握していない。
 鑑定眼で見ていないので、わからないけど、ヴィリー叔父さんのステータスは、俺たちの想像以上だと思うよ。
 それにヘルプ機能、フラウのこと忘れてない?
 精霊は『真実の眼』を所持しているよね。
 シルビアが半魔でないことなんて、すぐにばれるよ。
 たとえ、フラウを説得できても、ダダ漏れだよ。
 ハクが聖獣であることも、叔父は知っている。
 その口止めのために、エスタニア王国の迷宮に行くんだからね。

 ***********************

 私としたことが、クソ精霊の存在を忘れておりました。
 記録から抹消できなくとも、不良在庫として別保存していたことが仇となりました。
 くっ、不覚。

 ***********************

 ヘルプ機能って、フラウのこと相当嫌っているよね。

 ***********************

 嫌っているのでは、ございません。
 そもそも嫌いという感情自体もございません。

 ***********************

 あっ、そうなんだ。
 うん。この件は、聞かなかったことにして、シルビアが半魔である嘘は、表向きには必要だよ。
 ただ、ヴィリー叔父さんには、隠す必要がないって思うんだ。
 ヘルプ機能は、神格化を懸念しているようだけど、ヴィリー叔父さんは、そこも考えてくれるよ。
 あとついでに、俺の秘密を全て話すよ。

 ***********************

 ご主人様、ついでに話す内容ではないかと存じます。
 ご主人様の秘密を全て話すということは、それは、ご主人様のステータス、能力、前世の記憶、前世の黒歴史、前世の女性遍歴、食べ物の好みや現在の女性の好みなどといった全てでございますか。

 ***********************

 おいおい、ヘルプ機能さん。
 いまサラッと、中間ぐらいに挟みましたけど、前世の黒歴史や女性遍歴って、俺の何を知っているのですか?

 ***********************

 全てでございます。
 ご主人様のことで、私が知らないことはございません。

 ***********************

 えっ、こわっ!
 言動が、プチどころか、正真正銘のストーカーじゃん。
 ヘルプ機能は、記録も備わっているので、仕方ないけど。
 でもなぜ、俺の前世の情報もあるんだ。
 あっ、俺が前世の記憶持ちだからか!

 ***********************

 何か問題がございますか?

 ***********************

 問題ばかりじゃないか!
 ヘルプ機能、今後一切、その俺個人の情報を開示することは禁止する。

 ***********************

 承知致しました。
 私だけが、ご主人様の情報を所持できるのですね。

 ***********************

 えっ? そうなるのか。
 ヘルプ機能は、俺の能力の一つでもあるが、自我がある時点で、個人ではないか。
 ただ俺の能力内にいるので、切り離すことはできない。
 あぁー。もうヘルプ機能以外の他者に俺の情報、主に前世関連の黒歴史が流れなければそれでいいや。
 なんだか、本筋と違うところで、どっと疲れがでてきた。
 とりあえず、ヴィリー叔父さんには、俺が異世界の前世の記憶持ちであり、チート能力を授かって生まれてきたことを話すことにする。
 いずれは、話す予定だったのだ。それが早まっただけだ。
 それに、シルビアが神獣であり、エスタニア王国の真実をなぜ知り得たかの理由も偽ることなく話せる。
 うん。これで解決だ。
 いいね。ヘルプ機能。

 ***********************

 承知致しました。
 ご主人様が、お決めになったことです。
 私は、全力でサポート致します。
 補足となりますが、スラを介して念話で、私とヴィリバルトが話すことも可能です。
 しかしながら、それはお薦め致しません。
 ヴィリバルトは、追究者です。性格上、私とコンタクトが可能であると判明すれば、ご主人様の負担になるのは、目に見えております。
 ここは黙っていることが、宜しいかと存じます。

 ***********************

 ヘルプ機能、その補足いらないよ。
 後半は聞かなかったことにするよ。
 では、戦場と言う名の場所に戻りますかね。

 ***********************

 ご武運をお祈り申し上げます。

 ***********************