『トビアス殿下の子飼いに動きがありました』
『ビーカの抑制もこれまでか、ふっ。面白い』
『作戦を変更なさいますか』
『よい。このまま遂行せよ』
『御意』
黒い影は返事をすると、音もなく消えた。
『客人によい見世物ができる。さすがトビアス──』
***
早朝から、近隣の町の方角へ歩いているが、一向に町との距離が縮まらない。
まるでループしているようだ。というか、ループしているのだろう。
地図の位置が、ほぼ変わらないのだ。
なにか大きな力が、俺たちの行く手を阻んでいるみたいだが、そこに悪意が感じられない。
んー。
無視して、目に入れないようにしていたが、湖畔の先にある神殿へ行くべきなのだろうか。
どう考えても、お膳立てされているよな……。
んー。
悶々と考えていても答えはでない。
ここは叔父に相談をするか。
あっ、そういえば、昨日の夜、ヨハンが気になる発言をしていたな。
たしか……。
「ジークベルト、つかれた」
「うわぁ。えっ、あっ、そうだね。少し休憩にしようか」
ヨハンに突然マントを引っ張られ、恥ずかしくも狼狽してしまった。
その記憶をかき消すかのように、素早く魔テントを出し、中にヨハンを招く。
心臓に悪いよ。
まぁ、ちょうどよかったけどね。
その前に、甘味で気分を上げよう。
料理長、一押しのパンケーキを机に出す。
疲れた時には、甘いものが一番だ。
「うぉー。なんだこれ? 果物とお花? この白いのはなんだ?」
「アーベル風パンケーキだよ。白いのは、アイスクリームという冷たくて甘いものなんだ。お花は飾りだから食べちゃダメだよ。このシロップをかけて食べてごらん。すっごくおいしいから」
ヨハンに説明しながら、俺はお手本を示すように、パンケーキにシロップをかけ、ナイフとフォークでひと口サイズに切り、果物とアイスをのせ、口へ運ぶ。
んー。うまい!
癒される、最高だ!
前世で食べたパンケーキよりも、うまいし、さすが料理長だな。
再現越えしているよ。
しかも、このシロップ。めちゃくちゃうまい!
甘さがしつこくないので、いくらでも入る。
やべぇー。フォークが止まらない。
ヨハンも俺の所作をまねしながら、恐る恐る口へ運ぶ。
昨日の夕食も同じだった。ヨハンは未知の料理に興味深津々だけど、口にするのを躊躇する感じだが、口に入れば、ほら笑顔だ。
「うまっ! すっげぇー、うまい!!」
「だろう。そうだろう」
「昨日のプリンもうまかったけど、おれ、パンケーキのほうが好きだ! このアイスもうまいし、ジークベルトの家は、うまいものばかりだな!」
「あっはは。ありがとう。料理長が喜ぶよ」
パンケーキは大好評で、短時間で綺麗に食された。
料理長にお願いして、パンケーキの種類を増やしてもらおうと決める。
たしか、ココナッツやチョコレート、お茶なんかもあったな。
あぁ、ベーコンやオムレツなどのおかず系もあったはずだ。
材料が、この世界にあるかは別として、なければ代わりを探すか、作ればいいんだし、帰国後の楽しみができた。
パンケーキに満足したので、本題に入ろうと、ヨハンをうかがうと、船を漕いでいた。
早朝からの歩きでの疲れと、お腹がいっぱいになったことが、眠気を催したのだろう。
そうだった。
ヨハンは、普通の四歳児だった。
起こすことは忍びないため『洗浄』をかけ『浮遊』で、ベッドまで運ぶ。
その愛らしい寝顔を見て「聞きたいことがあったんだけどなぁ」とぼやく。
まぁ、しかたがない。慣れない場所での不安で、早く体力が消耗したのだろう。
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ご主人様、失礼します。
昨日のヨハンとの会話でしたら、私が記憶しております。
どの会話でしょうか?
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さすが、ヘルプ機能!
ここが、誰かとの出会いの場だったって話してたよね。
なにかの物語の。
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はい。
はじまりの森は、『白狼と少女の約束』に登場する白狼と少女が、出会った場所です。
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その『白狼と少女の約束』の内容を聞きたい。
けど、ヨハンとの会話は、 そこまで踏み込んでいないし、いくらヘルプ機能でも、それは無理だよね。
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できます。
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だよね。できないよね……。
できるの?
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はい。できます。
私の検索内に『白狼と少女の約束』がございました。
絵本の内容を簡単に、お伝えすることはできます。
いかがいたしますか。
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お願いします。
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承知しました。
では、簡単にお伝えします。
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白狼は、いつもイタズラをして、神様を困らせていた。
そんな日々が続いたある日、白狼は、神様の大切なものを壊してしまう。
神様は激怒する。
白狼は、神界から追放され、地上に降りることになる。
降りた地上は、荒れ狂い、人々が戦い傷つけ合う場となっていた。
白狼は、壊したものが、人々の善だったことに、気づく。
壊したものを白狼の手で、修復するために、神様は、白狼を神界から追放したのだ。
戦う人々の前に出て、人々に説得を続けるが、誰も白狼の言葉に心を傾けない。
白狼は、人に絶望し、森の中へ消えていく。
そして長い時が流れ、森にひとりの少女が、訪れる。
少女は、兄を助けるため、戦いを終わらせたい。
そのためには、力がいる。
白狼は、問う。
そなたの言う力とはなんだ。
少女は、答える。
希望だ。
白狼は、それを否定する。
否。希望は、力ではならず。
少女は、笑う。
希望こそが、力だ。
人々には、希望がいる。
それが兄だ。
白狼は、少女の強い意志に光を感じる。
我の力をそなたに授けよう。
ただし、そなたの心が悪に満ちれば、その力は消える。
少女は、白狼と約束する。
私は、悪に染まらない。
白狼の力を得た少女は、戦いを終わらせるため、力を使う。
そして、平和が訪れる。
白狼に力を返すため、少女は、再び森を訪れる。
しかし、白狼は、力をそのまま少女の中に封印する。
白狼は、少女と約束を交わす。
この地に、再び戦いが起こる時、我はそなたを助けよう。
それまで、そなたに、力を預ける。
白狼は、少女へ祝福を与え、神界に戻っていった。
その場所は、のちに、エスタニア王国となり、繁栄する。
***
一般的な建国の神話を絵本にした内容だ。
そうこれがただの神話だったら、いいんだけどね。
この神話は、王家の秘密と密接に関係している。
俺がヘルプ機能を介して調べた結果と、若干異なるところはあるが、おおむね同じだった。
だけど、なぜこのタイミングなのだろうか。
本人不在なんですが……。
俺か、俺なのか?
はぁー。
ヘルプ機能、この森が神話の舞台なら、あの神殿は、白狼関係の神殿で間違いないね。
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はい。間違いございません。
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この阻害もおそらく、神殿に原因があるのだろう。
チラッと、ベッドで眠るヨハンの様子をうかがい見る。
規則正しい寝息に、深い眠りであることがわかる。
ヨハンは、しばらく起きないと判断する。
魔テント周囲の安全を確認し、半径一〇〇メートル以内に魔物が出現すれば、アラームが鳴るよう『地図』を設定する。
『周辺を見てくる。すぐに帰るので、外には出ないように。魔法袋の中にパンケーキがあるから食べてもいいよ』と、机の上にメモを残す。
念のため、魔テントに『守り』をかけ、中からは開けられないよう『施錠』する。
よし。これで万が一、ヨハンが目覚めても、勝手に外には出られない。
では、神殿に行くとしますかね。
厄介事に、自ら足を運ぶことになるとは……。
ディアーナを婚約者として受け入れた時に覚悟はしていたけどね。
さぁ、できる限り早く終わらせ、ヨハンが目覚める前に帰宅しよう。
一緒にパンケーキを食べるんだ。