「今度こそこれで最期です。ヤァッ!」
瀕死状態のオークにエマが、何度目かのとどめを刺す。
簡単なお仕事のはずが、なぜかオークはドロップ品にならない。HP1から動きがないのだ。
オークはEランクの魔物だ。ホワイトラビットはFランク、1ランクの差がこれほどまでも大きいとは予想外すぎる。
攻撃力3は伊達ではなかった。
そうだ、ここは武器に頼ろう!
俺は『収納』からミスリル製の短剣を出して、戦闘中のエマに声をかけ、それを渡す。
「エマ、短剣を交換しよう。これで刺すんだ」
「ヤァッ! えっ? あっ、はっはい。わかりました」
急な俺の指示にエマは戸惑った表情で動きを止めるが、素直に短剣を交換する。
するとエマの顔つきが変わる。その短剣が別格だと気づいたようだ。
「これで、倒せるよ」
「はいっ! 頑張ります!」
「エマ、頑張って!」
「ガウッ!〈がんばれ!〉」
温かく見守っていたディアとハクがエマを激励する。
はにかんだ顔をしたエマが、瀕死状態のオークと対峙する。
勢いをつけ、オークに短剣を刺す。
「グサッ」と今までに聞いたことのない音がオークの体から聞こえ、オークの肉がドロップされた。
「やっ、やり……レッ、レベルが上がりました!」
「よかったわね、エマ!」
「はい。姫様! うれしいです!」
「ガゥ!〈よかったな!〉」
「よくやったね! この調子でレベルを上げていこう!」
「はいっ! ハク様、ジークベルト様、ありがとうございます!」
すごく喜んでいるエマに水を差すことはしたくないが、ステータスの上昇がほとんどなかった。
***********************
エマ・グレンジャー
Lv:1 → 2
HP:8/8 → 13/13
MP:1/1 → 2/2
魔力:2 → 3
攻撃:3 → 4
防御:6 → 8
敏捷:1 → 2
運:7 → 7
***********************
一番数値が高いHPで5上昇したが、あとは1~2である。
これはLv10で、どうにかならないかもしれない。
とっ 、とりあえず、今はやれるだけのことをしよう。
吉報はオーク一匹で、ホワイトラビット四匹以上の経験値を得たことだ。
となると、オーク三匹を倒せば、Lv3になる計算だ。これは思ったより早くレベル上げできそうだ。
早速、次の獲物を探すために『地図』を起動させると、オーク五匹の反応がある。
「ハク、正面右側200m先にオーク五匹を確認。できれば全部瀕死状態にしてほしい。できるかい?」
「ガウッ!〈がんばる!〉」
返事と同時に走りだすハクを見送る。ハクは、ほっておいても大丈夫だ。
「エマ、次もオークだ。三匹倒せばレベルが上がるはずだ。ディアも今回は参加してほしい。おそらくレベルは上がらないけど経験値は稼げる。エマが四匹、ディアは一匹を頼む」
「「はい」」
「では行こう。ハクが先行してオークを瀕死状態にしてくれているはずだ」
俺たちがハクに追いついたところで『地図』に、反応があった。ランクDのキラーバット二匹が、少し先で現れたようだ。
詳細を確認すると、近くにある小部屋でも、大量の魔物の反応がある。
とてもおいしい状況に、頭の中で計算をしてハクに声をかけた。
「ハク、ありがとう。この先にキラーバット二匹いるんだけど、倒してくるかい?」
「ガゥ?〈いいの?〉」
「うん。お願いしていいかい」
「ガゥ!〈わかった!〉」
尻尾を激しく振り、うれしそうに走り去るハクを見送りながら、我儘な主人で『ごめんね』と、心で謝罪する。
小部屋での戦闘で、ハクのテンションはさらに上がるだろう。
よし! フォローは完璧だ。
俺の目の前には、瀕死状態のオーク五匹が整列して倒れている。もちろんHP1の状態だ。
倒れているオークの上から、エマがミスリルの短剣を刺す。一撃でオークはドロップ品に変わる。
その様子にエマが素っ頓狂な声をあげ、歓喜する。
「ふぇっ? 一撃ですっ!!」
「すごいわエマ! レベルが上がった効果ね!」
喜んでいる二人を後目に、攻撃値1しか上がってないんだよ。
ミスリルの短剣の攻撃力のおかげであるとは口が裂けても言えない。
エマは続けて、残りのオーク三匹を倒し、ディアも一匹倒した。ハクもキラーバット二匹を倒したようだ。反応がなくなっている。
予想通りエマのレベルは上がり、ステータス値の増加は相変わらず低いが、順調ではある。
この調子でレベルを上げ、エマは平均並みのステータス値を目指そう。
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エマ・グレンジャー
Lv:2 → 3
HP:13/13 → 18/18
MP:2/2 → 3/3
魔力:3 → 4
攻撃:4 → 6
防御:8 → 11
敏捷:2 → 3
運:7 → 7
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攻撃値が2上昇! 防御が3上昇! しかも防御は二桁だ!
よしよしよーし!
この調子で、Lv4を目指そう!
今日は小部屋まで足を運び、階層スポットに戻ることにする。
修練の時間と、侍女たちの見回り時間を逆算すれば、妥当な判断だ。
「ハクに合流したら、少し先にある小部屋へ向かうよ。そこには大量の魔物がいるので、ぼくとハクで倒すよ。できればディア達に魔物を残すよう努力はするね」
「はい」
「私は今日Lv3になりましたので、充分です。もう満足です!」
「そうだね。よく頑張ったよ」
嬉しそうに報告するエマに、ステータスの事実を伝えるのはよしておこうと心に決める。
『ステータス表示』で確認はできるが、おそらくエマはありのままの数値を受け入れ、喜ぶだろう。
あの様子から既にステータスを確認しているかもしれない。
まぁ、他と比べることができないから、ステータスの低さはわからないだろう。
ん? しまった!
俺各自にステータスの紙を見せたのだった。
回収はしたが……、エマは……気にしてない。うん、大丈夫そうだ。
そうこうしている内に、ハクと合流し、小部屋の前まで辿り着く。
「ジークベルト様、ハク様、ご武運を! 私共はここでお待ちしております」
「うん。小部屋以外に魔物の反応はないけど、気は抜かないでね」
「「はい」」
「うん。ハク行こう!」
「ガゥ!〈行く!〉」
小部屋の扉を開け『疾風』で飛んでいる魔物の羽を落とす。
ハクは前足で次々と落ちてくる魔物を切り裂く。ドロップ品がドンドンと落ちていく。
スライムの塊に目を向けるが、ハクが『氷結』でスライムを凍らす。そのファインプレーにその手があったかと感心する。
ラッキーなことに、羽の落ちたキラーバットが三匹凍っている。これはディア達に倒してもらおう。
そこから俺とハクの無双が始まる。
時間をかければ、ひとりでも倒せる魔物だが、いかんせん数が多い。
その数、二百二十八匹。
これはおいしくいただきましょう。
その結果、ハクがLv8になり、なんと俺もLv13になった。ランクDのキラーバットが大量発生していたのが、幸運だった。
あれ?
『地図』の表記が、小部屋からキラーバットの巣に変わっている。
ダンジョン内の魔物の復活って、だいたい一週間ほどだから、それを見越して定期的に訪問しよう。
『地図』に、日付と印をつけて、アラームで忘れないように設定する。
最後に残した凍っている魔物を倒すため、小部屋の扉を開けて、ふたりを呼び込んだ。
「「お疲れさまでした」」
「ガウッ!〈がんばった!〉」
「うん。今からはふたりの出番だよ。ランクFのスライムが十五匹、ランクDのキラーバットが七匹ある。先にディアのレベルを上げよう」
「はい。がんばります!」
「姫様なら一撃です!」
俺の指示に、ディアーナが魔物のそばに寄る。そして勢いよく短剣を突き刺すと、キラーバットが一撃でドロップ品に変わる。
さすがディア。的確に急所を狙って、確実に仕留めている。
「さすが姫様!」
「ジークベルト様、レベルが上がりませんでした」
「気にしなくても大丈夫だよ。あと六匹もいるんだ。必ずレベルが上がるから、がんばろうね」
「はい」
その後、四匹目がドロップ品に変わったところで、ディアーナの表情に変化があった。
彼女はとてもうれしそうに笑ったのだ。
その様子に、そばで見守っていた俺もうれしくなる。
「レベルが上がりました!」
「よかったね」
「ガゥ!〈よかったな!〉」
「姫様、さすがです!」
各々が声をかけ、しばらく喜びを分かち合った。
さてここからが、本日最後の戦闘だ。俺の声にも気合いが入る。
「さぁ最後はエマだよ。すべての魔物を倒すんだ」
「はい! では早速キラーバットから……。あれ? あれれ? うまく刺さらない?」
なぜだエマ! なぜ刺さらない!
キラーバットはランクDのため、エマの攻撃値では倒せないが、ミスリルの短剣の攻撃力を合わせれば倒せるはずだ。
まさかっ……。
「エマ、スライムを先に倒そう」
「はい! あれ? やはりうまく刺さりませんっ!」
念のためスライムが倒せるか試そうとしたところ、やはり俺の予想は当たっていた。
「エマ、目の前にいるのは魔物ではない」
「えっ? なにを言ってるのですか? 魔物ですよ」
「魔物ではない。凍った野菜だ」
「ジークベルト様、頭がおかしくなったのですか!?」
その発言に、俺のこめかみがピクッと動く。
そして満面の笑みでエマに近づくと、その両頬を挟み、顔を近づけて言いくるめる。
「いいかいエマ。君には短剣を扱う技術が足りていないんだ。だから魔物を野菜だと思い込んで刃物を扱うんだ。わかるね。俺は頭がおかしくなったのではなく、アドバイスをしているんだ」
「はいぃっ」
「よろしい。先にスライムを倒してごらん」
「はいっ! スライムは野菜、凍った野菜、凍った野菜──」
エマは、半狂乱したようにつぶやきながら、スライムを刺した。ザグッといい音がして、スライムが真っぷたつになり、ドロップ品へと変わっていく。
思った通りの結果に、俺は満足そうに大きくうなずく。
エマは、短剣を扱う技術が不足している。短剣を包丁代わりに使用することで、料理技術が高いエマがそれに対応したのだ。
これで当分なんとかなるだろう。
短剣の技術の向上は……テオ兄さんにでも相談してみるかな。
「ジークベルト様、やりました!」
「うん。残り全部、その要領で倒してごらん」
「はいっ! がんばります!」
ザクッザクッと、リズミカルな音が続く。
エマの討伐の様子を確認しながら、ディアーナが俺のそばに寄ってくる。
「ジークベルト様、今回の件、大変申し訳ございません。エマがまさかのLv1だったとは。わたくしの監督不行き届きです」
「いや、今回のことはしかたないことなんだ。自然とレベル上げができないほかの要因があったから。エマ自身それを知らないしね」
「ほかの要因ですか?」
「うん。今は言えないけど、時期がきたら話すよ。だからディアが気にすることはないよ」
「わかりました。だけど、やはり謝罪は必要かと思いましたので、お手数をおかけいたします」
「ディアは律儀だね。そこがいいところだけどね」
俺は目の前にあるディアーナの金色の髪をなでる。
獣耳がないことは残念ではある。今度お願いして、姿隠蔽解いてもらおう。婚約者だから許されるよね。許される範囲だよね。
俺の葛藤をよそに、手は正直でディアーナのサラサラの髪を堪能していると「ジークベルト様、あのっ、そろそろエマの討伐が終わります」と、頬を真っ赤にして彼女が俺を見上げる。
めちゃくちゃかわいい。はぁ、天使がいる。俺の婚約者、天使だった。
名残惜しく髪から手を放し「また触らしてね」とお願いする。
「はいっ」と、さらに頬を赤くさせたディアーナのかわいさに悶絶する。
さてさてお仕事をしよう。
『微風』を使用して、辺り一面のドロップ品を一気に『収納』へ回収する。
そこへ魔物の討伐を終えたエマが帰ってきた。
「ジークベルト様、姫様、すべての討伐が終わりました。私Lv4になりました!」
「うん。今日は全員レベルが上がってよかったよ。じゃあそろそろ屋敷に戻ろう。抜け出しているからね、ばれないように帰宅しよう」
「「はい」」
「ガゥ〈わかった〉」
こうして俺たちのダンジョン一日目のレベル上げは、無事に終了した。