コンビニバイト店員ですが、実は特殊公安警察やってます(『僕らの目に見えている世界のこと』より改題)

都庁前広場についた頃には、11時を過ぎていた。

まぶしいほど輝くこの白い巨体は、数時間後に秘密裏に内蔵する巨大ロボを出現させようとしている。

「あれ、重人? こんなところで何してんの?」

「姉ちゃん!」

「珍しいわね、何の用よ」

「な……、えっと、ハローワークに……」

「都庁にハロワなんてないわよ。何しに来たの」

「と、都民の声総合窓口!」

「いいからちょっとこっち来なさい」

強引に袖を引かれ、連れて行かれる。

姉貴になんか、かまってる場合じゃないのに!

「ちょ、ゴメンだけど俺さ……」

本庁舎に向けて、カメラを構える男性二人組がいた。

「都庁で何か、撮影でもしてんの?」

「あぁ。なんかね、ネットで今日の2時に都庁がロボ化するって噂が流れてるみたいなのよ。漫画やアニメじゃしょっちゅう爆破されたり占拠されたりしてるけど、さすがにロボ化ってのはね」

呆れたように笑う姉の横顔に、焦りがつのる。

これも飯塚さんの「見えない仲間」の力か。

「俺、もう行かないと」

「どこに」

返事の出来ない俺に、姉はため息をついた。

「分かったわよ。ランチちょっといいとこおごってあげるから、久しぶりに話そ。あんたと喧嘩ばっかりしたいワケじゃないんだからさ、私だって」

「喧嘩って、なに?」

「……。ニートだって、いつも怒ってること」

「違う!」

くそっ。

こういうとき、いつもどうやって切り抜けてきたっけ。
「何が違うのよ。私の昼休みだって、そんなに長くないんだからね」

「もう飯は食ったから……」

「じゃあちょっとそこのコーヒーショップでいいから、付き合いなさい」

「美希ちゃん!」

俺のその声に、姉は振り返った。

「美希ちゃん。悪いんだけど、行かなくちゃいけないんだ」

姉貴のことを名前で呼ぶなんて、いつぐらいぶりだろう。

「行くって、どこ」

「都庁」

自分とそっくりな顔が、俺を見上げている。

世話好きで気の強い姉ちゃんの後ろをついて歩いていれば、子供の頃は何の不安もなかった。

「だから、都庁のどこよ」

俺は安心しきってその後ろを歩いていた。

だけど、今は違う。

「それは言えない。もしこの先に何かが起こったとしても、俺のことは大丈夫だから、安心して。父さんと母さんにも心配するなって、ちゃんと伝えて」

「……は?」

「じゃ!」

もし都庁ロボが動き出し、俺たちの部隊が表沙汰になったら、どんな騒ぎが待っているだろう。

自分たちの信じていた世界が変わる。

日常が、常識が変わる。

世界が今までと全く違って見えるようになる。

もしかしたらそれを、人は『革命』と呼ぶのかもしれない。

「ちょ、待ちなさい重人!」

走り出したすねに強い衝撃が加わる。

俺はその場に盛大に転んだ。

つまずいたのは、隊長の足だった。

「どこでチンタラしてるかと思ったら、ナンパしてんのか。遅刻だぞ」

「ち、違いますよ。ねーちゃんです!」

「あぁ、そうか」

警備員の制服を着た隊長は、表情を何一つ変えることなく帽子を取り、丁寧に頭を下げた。

「初めまして」

浅黒く精悍な顔は、姉の顔をのぞき込んだ。
「バイトの面接に応募していただきましてね。お姉さんが都庁にお勤めなのは、うかがっておりました」

「あ、いえ。すみません。私の方こそ、お邪魔してしまって……」

隊長の視線は、今度はじっと俺を見下ろした。

「臨時採用ですので、まぁお試し期間といったところですが、お世話になります。それでは仕事がありますので。失礼」

「し、重人を、よろしくお願いします」

姉はペコリと頭を下げた。

背中を押され、その場を後にする。

あの負けん気が強く全く物怖じしない姉を、一撃で黙らせた隊長の威力。

助かったといえば、助けられた。

「顔、見せてよかったんですか? うちのねーちゃん、あぁ見えてけっこう記憶力いいっすよ」

「お前の家族だろ」

その一言が、どうしてか俺の胸に響く。

庁舎裏の関係者専用通路から、建物の中に入った。

俺が今まで隊を抜けていたことに、隊長は何も言わないのが、よけいに苦しい。

大きな背中を見つめた。

ロボット出現の仕組みは公にはできないが、都庁の外法と内法には差異がある。

要するに、内部に秘密があるのだ。

いくつもの部屋を通り過ぎ、隠された通路と秘密部屋を無数に超えたその先に、対策本部が設置されていた。

5人の隊長直属精鋭メンバーが、常にキーボードを叩いている。

この人たちが飯塚さんを追いかけ、支部のサポートもしているのか。

ちょっと見ただけで分かる。

完璧なまでに無駄なく機能している現場に、俺は急に恥ずかしくなった。
「これが都庁ロボの実態だ」

ディスプレイに、そう説明されなければ何だか分からない図面が浮かびあがった。

「ロボットの各パーツは分割され保管整備されている。合体の信号を受けた瞬間、これらの固い殻を破って生まれ変わる」

壁の隙間、柱の中……なるほど、全てが一つになった時、あそこから飛び出すのか。

「03はパーツの位置を変えずに配線を入れ替えている。操縦プログラムのセキュリティも未だ突破できていない。操縦室の位置は判明しているが、中への侵入経路は不明」

ゴクリと唾を飲み込む。

「完全無人の遠隔操作に切り替える予定だったんだ。そのプログラムは完成していると思え」

だからロボ化の日時を予告しても、平気だったんだ。

「その発信源をキャッチすれば……」

「それで03の確保は出来ても、ロボ化を止められる保証はない」

莫大な国家予算をかけているこのロボットを、傷つけるわけにも破壊するわけにもいかない。

もちろん重大な国家機密を世界中にバラされたとなれば、国際的な信用問題にも発展する。

各国主要都市の建物がロボ化するのは、世界の常識だ。

「竹内はすでに操縦室へ向かった。お前も後を追え。旧マニュアルの方は支部に送信してあったはずだ。役に立つかどうかは分からんが、参考にはなるだろう」

隊長からの、新たな指示が発令された。

「お前たちは操縦室に侵入し、ロボ化を止めろ。新たな情報は随時展開する。急げ。タイムリミットは近い」

作業服に着替え、廊下に出た。

都庁の中で常に何かの工事が行われているのは、こういうことだったんだ。

腕に巻かれた時計型の端末をチラリと見る。

時刻は11時20分を指していた。

ロボ化予告時間は14時。

俺は都庁前広場にいたネット配信動画の撮影隊を思い出していた。

どんな偶然でも、起こしてはいけない偶然がある。

それを偶然という言葉で、片付けてはいけないんだ。

周囲を慎重に見渡す。

俺は意を決して、竹内との通信を再開した。
端末からゴソゴソと布をこすりつけるような音が聞こえる。

「おい、聞こえてるか?」

返事はない。

アクシデントかと焦った次の瞬間、それはつながった。

「今どこ?」

聞こえているはずなのに、やっぱり返事はない。

「操縦室の位置は聞いた。そっちへ向かう。お前は?」

「問題ない。お前は自分で好きにしろ」

プツリと通信が切れる。

竹内が俺に腹を立てていることは分かる。

それは仕方ないとは思うが、そんなに怒らなくてもいいじゃないか。

今は非常事態で協力が必要なのに……。

脳裏に焼き付けておいた、操縦室に一番近い部屋の前に立つ。

一呼吸をおいてドアを開けると、竹内はいた。

「……。なんだよ」

「隊長からの指示だから……」

そう言ってしまえば、コイツはすぐに諦めて大丈夫になることは知ってる。

床に広げてあったノートPCの横にしゃがみ込んだ。

壁の内部構造を精密に測定した図面が広がっている。

「勝手に見るな」

とび職姿の竹内のポケットで、着信音が鳴った。

それに「はいはい」と適当な返事をしながら立ち上がる。

「どこへ行く?」

「お前には関係ないだろ」

「この周辺はもう調べ尽くされたはずだ。入り口はなかったんだろ?」

「俺がお前に聞かれて、素直に答えるかよ」

「信じるよ」

俺は久しぶりに見た、その黒縁眼鏡に向かって言った。

「悪かった。お前がいないと、ダメなんだよ」

舌打ちされる。

そんなのを聞くのも、久しぶりだ。

「そんな生ぬるいセリフで、俺が騙されるとか思うなよ」

PCをそのまま置いて部屋を出て行く。

急いでそれを追いかける。

出てすぐの廊下で、竹内の着ている作業着と同じロゴの入った男と出くわした。
「なんだ新入り、こんなところで何やってんだ」

「あ、いや。保全課の人にちょっと頼まれまして」

親方らしき男は、俺を見上げた。

「あんた、技士さんの会社のもんか?」

「えぇ、そうです」

「あの兄ちゃん、あんたの上司か? さっきから探してるのに、姿が見えねぇんだ。知らねぇか?」

竹内と目を合わせる。

「上司って、四角い顔で背がこれくらいの、髪がさらさらした感じの人ですか?」

竹内は俺の背に隠れ、端末で飯塚さんの顔写真を探している。

「髪がどうのこうのって言われても、分かんねぇけどよ」

「え、なんか眉毛がこう、斜めに、こうっていうか……」

適当なことを言って時間を稼ぐ。

竹内の端末が俺の手に渡った。

「あ、こんな感じの」

それを操作するフリをしてから、親方に見せる。

「あぁ? あー。そうだな、うん。コイツだ」

「僕も探してるんですよ。見かけたら教えてください」

「おう。おい、お前。保全課の頼まれごとが済んだら、お前も仕事に戻れよ」

親方の姿は、廊下の角に消えた。

「すぐに俺たちも探しに行こう」

「隊長への報告はしておいた」

竹内は端末をポケットにしまった。

「いい加減にしろ。命令を忘れたのか。いや、俺に出されてるのとは違うのか?」

黒縁眼鏡のブリッジをクッと持ち上げる。

「頼りにならない相棒なら、いらない。俺への指示は、操縦室への『侵入と阻止』だ。『捜索と確保』じゃない」

竹内の視線は、何かをスキャンするように俺の全身を上下した。

「じゃあな。お前にとっての正解を、勝手に貫け」

考えろ。

作戦の一部としての自分と、何が正解かを求めている自分とを。

竹内の機嫌が悪いのは、俺がずっとそれを混同しているからだ。

後を追う。
「内部構造と設計図の違いは調べたんだろう? それで何が分かった?」

竹内は無言で歩いていた。

が、ぼそりと口を開く。

「遮蔽板が使われていて、調べられない。四角いブラックボックスがあるだけだ」

何もない廊下の壁が開いた。

侵入した小部屋の壁を指す。

「このあたりが設計上そうなってるけど、実際のところは分からない」

「配線を切ればいいじゃないか。工事のせいにして、後で直せばいい」

ドリルで壊した壁の隙間に入る。

室温は一気に上がり、暗闇に視界は奪われる。

竹内はヘッドライトをつけた。

「見えるか? このスパゲッティコード」

合体のための各パーツを通す通路に、滝のようにおびただしい数のコードが流れていた。

それが階層を貫き、はるか上空から足元にまで及んでいる。

「これを切って責任を取らされるのは、俺たちじゃない。あのおじさんたちだ。無関係の一般市民に罪をかぶせるのか? やれるもんならやってみろよ」

カビ臭い湿った風が吹き上げた。

ここを移動して合体するのか。

「設計図があてにならないのなら、実際に行ってみるしかないじゃないか」

「は?」

「操縦プログラムのセキュリティを未だ突破出来ないのは、それが独立しているからだよ。どこともつながっていない。解除するパスワードもない。もしくは未設定」

竹内は俺を振り返った。

腕の時計を見る。

時刻は12時になろうとしていた。

「行こう。この通路をたどっていけば、足元にはすぐ目的の物があるはずだ」
竹内の目が俺の目をじっと見つめる。

そのまま腰からワイヤーを取り出すと、自分のフックにつないだ。

「この端はお前が持て」

受け取ったそれを、俺は同じように腰につなぐ。

「目標はすぐ下だ」

吹き抜けとなっている床の縁に手をかけ、竹内はぶら下がった。

「距離はない。十分飛び移れる」

両手の指先だけが見えていたのが、ふっと視界から消えた。

伸びてゆくワイヤーが勢いよく震える。

「来い」

促されて、階下に下りた。

人一人がかろうじて通れる位の隙間に、体を滑り込ませる。

「これが操縦室か」

むき出しのロボット本体に、作業着が引っかかる。

合体の際に他のパーツと接合されるのか、操縦室入り口と思われる背面は、壁にほぼぴったりと横付けされていた。

「本来ならここから入るんだ。メンテや操縦訓練のため、出入りは頻繁にあったはずだ」

竹内は壁にマーキングとしての発信器を取り付ける。

「一旦外に出よう。これを元に探しだせば、外からの進入路が分かるはずだ」

壁から抜け出すと、最初に竹内がノートPCを広げていた部屋に戻った。

電波の情報から位置を特定する。

本棚の裏の隠し部屋からさらに奥、何もない白い一枚板の向こうから、その信号は発せられていた。

「この壁の向こうに、なんの仕掛けがあるっていうんだ。特殊センサー? バイオメトリクス?」
一見、壁紙の継ぎ目にしか見えないラインがある。

俺は竹内を後ろに下がらせた。

壁の一部をコンコンと叩く。

これは仕掛け扉だ。

そもそもこの都庁自体が、巨大な忍者屋敷のごとく三層構造になっている。

壁の足元を軽く蹴ってみる。

下じゃないなら上だ。

俺は胸ポケットからメジャーのフリしたスティックを取り出すと、天井付近を叩く。

音が違う。

下に落ちないのなら横だ。

壁を押し込むと一部がへこんだ。

簡単に開けられないと思ったら、交差させ回転する仕組みだ。

斜め上にそっと滑らせる。

白い壁はぐるりと開き、ついに都庁ロボ操縦席は現れた。

「やった! 隊長に報告だ」

竹内が片手をあげる。

同じように手をあげると、それはパチンと合わさった。

操縦席に座ったとたん、指示が入る。

「都庁ロボを起動させろ。こちらが先に主導権を握る。向こうに起動され、コントロールされてしまう前に、操縦を覚えろ。万が一起動した場合には、手動操縦で押さえこめ」

無茶過ぎる命令にもほどがある。

確かに、操縦方法をチラリと見たことくらいはある。

だけどそれは、飯塚さんが書き換えてしまう前のものだ。

操縦桿を握りしめる。

「お前、分かるのか?」

「分かるわけないだろ」

とは答えたものの、竹内は迷うことなく電源を入れ、次々と計器を立ち上げる。

「旧式の操縦方法くらいは知ってる。隊長が送ってくれてたのを見てたからな」

言葉に詰まる。

竹内はそんな俺をにらんだ。

「ぶっつけ本番でやりながら覚えるのは、お前の得意技じゃないか」

フンという冷ややかな鼻息が聞こえる。

俺はヘッドセットを装着した。

「やれと言われたら、やるんだろ?」

「隊長、飯塚さんは?」

「03のことは気にするな。今は目の前のことに集中しろ」

プツリと通信は切られた。

「ホント、お前は人の神経を逆なでするのが得意だよな」

竹内はいつも俺に呆れている。