袴田くんが幽霊として私の前に現れてから、既に一ヵ月が経過していた。

 あれから吉川さんから声をかけられることが増えたものの、クラスの雰囲気や先生の目つきは変わらず白けたままだ。
 私は元々友達付き合いも悪いこともあって、ひとりになることは苦ではなかったが、やはり声をかけてもらえるのは嬉しい。

 それは袴田くんも同じだった。
 教室に行くと、私の席は窓際の彼の隣だ。誰よりも早く『おはよう』と声をかけてくれたのは、他でもない彼だ。

 ……ただ、困ったことが増えてきたのも事実。


「オイ! 井浦ってのはお前か!」

 放課後、必ずと言っていいほど校門前で他校の男子がぞろぞろと現れるようになった。
 聞くところによれば、岸谷くんの一件で他の男子三人が広めた噂が他校にも流れてしまい、袴田くんに喧嘩を挑んで負けた不良たちが私に再戦を挑んできたのだ。

「だから、私関係ないんで……」
「ああ? あんな変な笑い方をする奴、袴田しかいねぇだろうが!」

 それは本人は乗っ取ってるから。……とは、ここでは言えない。
 苦笑いで誤魔化して逃げることもあるが、今回のように人数が多く、囲まれている場合はそういうわけにもいかない。
 そして、当の本人は……。

『くははっ! ちょー人気者じゃん井浦ぁ!』

 相変わらず、腹を抱えて笑い転げている。
 ああ、アイツの姿を皆に見てもらいたい……!

『まぁ、そんな睨むなって。どうにかしてやろうか?』
「……最低」

 自分で蒔いた種でしょうが。
 呟いた後、この状況をすっかり忘れていたことにハッとした。
 目の前には満面の笑みを浮かべた不良たちが全員、こちらを向いていた。

「……てへっ?」
「上等じゃあああ!」

 こんな時代遅れの誤魔化し方じゃダメに決まってるっての!

 一斉に突っ込んでくる彼らは、突進してくる凶暴なイノシシだ。何を言っても聞き入れてもらえないだろう。
 思わず目を閉じると、耳元で袴田くんの溜息が聞こえた。

『ったく、しょーがねぇな』

 そう聞こえてすぐ、私の体を乗っ取った袴田くんは一瞬にしてイノシシ……もとい、不良たちを一網打尽にしてしまった。
 気絶させたわけではなく、人のツボのようなものを押したようで、ほとんどの不良たちが痺れてその場に蹲っていた。

「お前らがここに何度来ても、袴田は出てこねぇよ。自分の学校の草むしりでもしてな」

 口が悪い。私、そこまで口は悪くないよ。

「チッ……うるせぇな。お前に合わせられるかっての」

 人の体乗っ取っておいてそれはないでしょ!

 いくら中身が袴田くんであろうと、外見や声は井浦楓だ。
 袴田くんが私の体から出ていく頃には、不良たちは全員逃げて行った。

『あーあ。久々に動いたー!』
「どこが久々……?」

 ここ最近、袴田くんを訪ねてくる不良が増えてきた気がする。これ以上来られても迷惑だ。

「ねぇ、どうにかならないの?」
『知るか。岸谷辺りに言ってみれば?』
「え? なんで岸た……」
「井浦さーん!」