2回目の授業の日。
前回同様、なかなかの数の人が集まっていた。例の如く隼人もいた。さくらと一緒に。今回から本格的に授業に入っていく。自分が保護者の人に提案した授業の内容は『伝える力』と『想像する力』を持たせること。今日は『想像する力』の授業になる。やることは簡単で、誰にでもできる。
「今日から本格的に授業するわけだけど、必要なものはこっちで用意したから。」
そういうと、徐に鞄の中からスケッチブックとボールペンを1人ずつに渡した。もちろん隼人にも。
「いいのかよ。俺ももらって。」
「どうせ毎回くるだろ。さくらに会いに。だったら、ほぼ強制的に参加することになるからやるよ。」
「なんだよ、いきなりさくら呼びかよ。」
「いきなりじゃないもんなぁ。」
隣にいるさくらに同意を求め、目を合わせて笑い合った。実は3日前、愛と一緒に月に一度の館内の花を交換しに行った時にたまたまさくらと出会した。見た目の通り明るくて話しやすい子だった。時間の都合上、あまり長く話すことはできなかったが隼人という共通の話題もあってすぐに仲良くなった。連絡先も交換した。交換している時に隣にいた愛に「浮気?」とからかわれた。「捕まるわ」と反論するとさくらは笑ってくれた。
「2人の秘密だよね。」
さくらに話しかけると笑顔でうなずいた。隼人は少しムスッとした表情だった。
自分の授業は基本的に答えのない問題しか出さない。答えのある問題なんてつまらないし、この世界は答えのない問題の方が圧倒的に多い。子どもの頃から物事について自然に考えられる癖がつくと、リスクマネジメントも勝手にできるようになる。この授業は初歩の初歩。
「じゃあ、これから問題を出すから、配られたスケッチブックに答えを書いてね。書き方は自由だから、何書いてもいいよ。でもみんなに見せるから見やすいように書いてね。」
自分の前には装飾ができるようにいろいろなものを用意した。マジックペンからマスキングテープなど。あえてノートではなくてスケッチブックを配ったのはその方が見やすいということもあるが、自由に書かせるためでもある。人に見せるということを考えて、自分なりに装飾してもらうため。文字の大きさや色使いなどを見て性格を判断することもできる。さらに、これを見返した時に授業の内容を思い出しやすくする効果もある。ノートより圧倒的に利点が多い。
「今日はたった一つの問題を真剣に考えてもらうから。」
本格的に授業に入る。黒板の代わりに病院から借りたホワイトボードに問題を書く。それは「桃太郎の続きはどうなるのか?」ということだ。小学校から中学校高学年までいる子どもが一緒の内容で同じように考えられるものは何か自分なりに考えた答えだった。これは最初の自殺した父親が5歳ごろに自分に行っていた教育法だった。もちろん答えはない。年齢や環境によって大きく答えが異なる。ハッピーエンド、バットエンド全てが考えられる。
「ここにいるみんな知ってるよね、桃太郎。桃太郎は鬼を退治して、おじいさんたちのもとに帰って来て終わってしまうけど、その後ってどうなったのかな?答えはないから自由に考えてみて。わからないことがあったら質問してね。」
なるべく口調は小学校寄りで強い言葉は使わないようにする。こういった問題の場合年齢を重ねれば重ねるほど難しくなる。案の定、小学校低学年はスラスラ書いている。もうすでに装飾に入っている子もいる。しかし、中学年高学年、中学生に至っては全くペンが進んでいない。人は考える能力が高い分迷う。小学校低学年寄りに一見見える問題でだが、どちらかというと学年が高い子向けの内容だ。題材が童話というだけでかなり高度なことを自分は求めている。どうしてもペンが進まないのをみてヒントを出すことにした。
「どうしても書けないって子にヒントね。こういう問題は、桃太郎だけに目がいきそうだけど登場人物はそれだけではないでしょ。視点を変えたり、主人公を変えたりして考えてみて。」
このヒントで何人か書き始めた。それでも書けていない子のところに自分が行き、個別にアドバイスをしていく。何かきっかけを掴めれば、簡単に書き終える。隼人はその頃、さくらと一緒にお互いの答えを見合って笑っていた。別に相談してはいけないとは言っていなかったので、止めることはなくその光景を勝手な親心で微笑みながら見ていた。
粗方全員が書き終えたのを確認した。
「じゃあ自分と年齢の近い子たちとグループになって。保護者の人も自分の子ではないグループに入ってください。できれば自分の子供とは年齢が違うグループに入って来ださい。自分のお子さんとは授業後に見せてもらって復習のつもりでお互いに意見交換するのもいいと思います。」
大概こういった指示を出すとグループにならずに指示が出るまで待っているクラスが多いが、いつも一緒の空間で集団生活しているためか早く動いてくれる。3つのグループに分かれた。各5人ずつ、高学年は隼人を入れて6人。きれいに分かれた。
「これから発表してもらうけど、それには司会者決めないとね。低学年と中学年は先生方に入ってもらって、高学年は隼人に任せるからよろしくお願いしますね。」
隼人に睨まれた気がするがこれから授業に参加するなら他のこと交流することも必要になってくるから無視した。
「他の人の意見で気になった言葉とかキーワードがあったら積極的にメモを取るようにしてね。」
各グループで発表が始まる。自分は携帯でメモを取りながら各グループを回る。発表が終わっても話は尽きてなかった。
「発表も終わったことだし、じゃあみんな前向いて。」
予めホワイトボードに書いておいたグラフを見てもらう。
「実はこの問題は年齢ごとに答えが大きく違ってくるの。大きく分けると4つくらい。」
自分はグラフの右側に書いたものに注目させた。
「1つ目は、桃太郎が主人公のままでハッピーエンドのもの。帰って来た桃太郎がその後幸せになって暮らしたっていう終わり物語。これは低学年のグループに多かったかな。」
保護者と先生がうなずいていた。子供たちは自分がどの分類に入るのか自分の書いた物語を見ていた。
「2つ目は、桃太郎が主人公のままでバットエンドの物語。鬼ヶ島から持って来たお宝をめぐって争いが起きるとかそんな感じの物語。これはどの学年にも多い傾向があるね。」
様々なところで声が上がる。自分はどうなのか他の人のものを見て比べていいた。今までは、低学年に体を向けて話していたがここからは体の向きを変えて話す。
「3つ目は別の何かに視点を移してハッピーエンドのもの。桃太郎の視点ではなく、鬼や犬、猿とかキジの立場になってもう一つの物語が進んでいくもの。なおかつそれがハッピーエンドで終わるもの。これは、年齢を重ねるごとに書きやすくなる。ここでいうと中学生くらいの子たちがそうなるかな。僕は視点を変えてとヒントを出した。このヒントでだいぶ書きやすくなったんじゃないかな?」
うなずく子もちらほら。自分がグループを見に行った時、中学生のグループのほとんどが視点を変えて書いていた。
「最後に4つ目。視点を変えてバットエンドのもの。今日はいなかったけど実は僕がこれね。実はハッピーエンドかバットエンドかはその人がどちらの方が書きやすいかの違いだからそれほど重要じゃない。視点を変えるか否かでその人が何を見ているかがわかるんだ。」
低学年の子たちはキョトンとしている表情で自分を見る。
「ごめんね。今はお兄さんたちに向けての話だから、ちょっと我慢してね。」
低学年の子たちには少し早い内容であることはわかっていた。正直、年齢が自分から離れていれば離れているほど授業するのが怖い。自分の発言が直接影響を与えそうで。
「説明に戻るけど、高学年になればなるほど、ヒント後の方が書きやすくなったのはシンプルに見ている世界が年齢によって広がってくるから。選択肢が増え、いろいろなことについての感情も増える。人間として複雑になってくるんだよ。若い時には見えていなかったこと、気にも止めてなかったことが気になってくる。一番は自分以外の人間のことが気になり始めるんだ。自分が1人で生きていけないってわかってくるから。」
保護者はうなずいていた。
「桃太郎の物語はさまざまな登場人物がいる中で桃太郎以外になかなか焦点が行かない。もともと児童書として普及したものだから仕方ないところもあるけど高学年になると物足りなくなる。自然と物語のバックグラウンドが気になってくるんだよ。そうなってくるとこうも思ってくると思うんだ。桃太郎の行動は正しかったのかなって。」
ここからが本題。静かに聞いてくれているし、メモを取る子もちらほらいる。
「改めて桃太郎の行動を考えてみようか。産まれたところは飛ばして、鬼退治に向かう理由は何だったっけ?」
今まで1人で話していたのに、いきなり質問をされて戸惑っているようだった。
「村の人を困らせたから?」
1人がぼそっと言った。
「そう。一般的には財宝を盗んだってことになっている。本当は鉄を奪いに行くためだという説が今は有力らしいけど、これは別の話。じゃあ、財宝をとった鬼はどうなった?」
「桃太郎に退治された。」
今度は複数の箇所から声が聞こえた。他の発言もあったように思えたが聞き取れなかった。
「今の絵本では平和的な解決になってることが多いけど、一昔前までは普通に鬼を退治、殺されたってことになってた。財宝を盗んだだけでここまですることは正解かな?確かに悪いことをしたのは鬼の方だけどあまりにも罰がきつすぎないかな?」
きつい問題なのは重々わかってる。保護者の人も黙ってしまっている。
「じゃあ、最初やったみたいに視点を変えてみようか。今度は鬼になって考えてみようか。鬼の立場になって考えると書かれていないけどいろんなことが想像できるよね。鬼に家族はいたのかなとか、もしかして人から盗む以外に生きていく術を知らなかったのかなとか。」
用意されたホワイトボードに考えられるパターンを書いていく。
「視点を変えるだけで桃太郎がやったことがかなり残酷なことに見えてこない?僕は4つ目って言ってたでしょ。視点を変えてバットエンドで終わる。実は僕もね5歳くらいの時に同じことを父親に聞かれていてね。あの時は1つ目だったかな。でも今は年齢を重ねて当時とは違う考えなんだ。今の僕が考える桃太郎の続きは鬼の視点になって、退治された鬼の子供が大きくなって桃太郎に復讐しにいく物語。一般的に言われている負の感情の方が強い意志に変わること、負の感情は連鎖してどんどん大きくなることを僕は人生経験の中で知っているしね。これもまた別の話かな。桃太郎の中で鬼は悪者として登場するけど鬼にも鬼の主張があって当たり前だよね。鬼にとって桃太郎はいきなり自分たちの領域に入って来て自分たちの命と宝物を奪っていったやつだからね。」
少し話しすぎたかなと思ったが子供たちは真剣にメモを取っていた。子供たちだけでなく保護者の人まで。低学年の子たちは飽きて来たのか落書きをしていた。まあ仕方ないかな。低学年の子たちは考えるだけで意味があるし、もともと低学年の子向けに作ってはいない。大きくなった時に再び考えてもらえればいい。
「後もう少しで終わるから我慢してね。鬼の行動にも意味があって、それを正しいことだと疑わない。もともと絶対正しいことなんてないのかもしれない。見方を変えれば180°意見が変わることなんてざらでしょ。」
気付けばそろそろ授業が終わる時間になっていた。予定ではもう少し喋れると思っていた。そういえば教育実習の時も色々と話しすぎて時間がなくなって注意されてたっけ。
「それを知っている知ってないで世界が違って見えてくる。無限に世界が広がっていくんだよ。昔の有名な学者さんでアルベルト・アインシュタインって人がねこんなこと言ってるんだよ。」
自分はホワイトボードに書いていた文字を全て消し、大きく書き始めた。
『常識とは18歳までに積み上げられた先入観の堆積物に過ぎない』
「みんなはまだ18歳ではないけど今まで生きて来た中で経験したことや言われて来たことで当たり前だと言われて納得したことがあると思う。今の世の中はこれがないと生きづらくてたまらないからね。当たり前は身につけなきゃいけない。でも、それに縛られちゃ人間ダメになる。桃太郎が正しくて鬼は悪者。これが世間一般的にいう当たり前で常識だ。でも今回、この授業で全く別の視点、鬼側の気持ちを少しでも考えたことによって、この当たり前っていう認識がいかに不完全だってことがわかったよね。これから僕の授業ではこういったこと、みんなが当たり前、常識だと思っていることに疑問を投げかけていくから自分なりに考えてみてね。僕の授業の目的はみんなの視野を広げてより大きくのものを様々な視点で見ることができるようにすること。だから疑問に思ったことは何でも聞いて。一緒に考えようね。じゃあこれで今日は終わり。時間があれば自分なりにもう一度考えてみてね。」
最後駆け足で終わってしまい、さらに時間は少しオーバーしてしまったが、愛に怒られる時間ではないだろう。ホワイトボードを片付け、花屋に戻る。
前回同様、なかなかの数の人が集まっていた。例の如く隼人もいた。さくらと一緒に。今回から本格的に授業に入っていく。自分が保護者の人に提案した授業の内容は『伝える力』と『想像する力』を持たせること。今日は『想像する力』の授業になる。やることは簡単で、誰にでもできる。
「今日から本格的に授業するわけだけど、必要なものはこっちで用意したから。」
そういうと、徐に鞄の中からスケッチブックとボールペンを1人ずつに渡した。もちろん隼人にも。
「いいのかよ。俺ももらって。」
「どうせ毎回くるだろ。さくらに会いに。だったら、ほぼ強制的に参加することになるからやるよ。」
「なんだよ、いきなりさくら呼びかよ。」
「いきなりじゃないもんなぁ。」
隣にいるさくらに同意を求め、目を合わせて笑い合った。実は3日前、愛と一緒に月に一度の館内の花を交換しに行った時にたまたまさくらと出会した。見た目の通り明るくて話しやすい子だった。時間の都合上、あまり長く話すことはできなかったが隼人という共通の話題もあってすぐに仲良くなった。連絡先も交換した。交換している時に隣にいた愛に「浮気?」とからかわれた。「捕まるわ」と反論するとさくらは笑ってくれた。
「2人の秘密だよね。」
さくらに話しかけると笑顔でうなずいた。隼人は少しムスッとした表情だった。
自分の授業は基本的に答えのない問題しか出さない。答えのある問題なんてつまらないし、この世界は答えのない問題の方が圧倒的に多い。子どもの頃から物事について自然に考えられる癖がつくと、リスクマネジメントも勝手にできるようになる。この授業は初歩の初歩。
「じゃあ、これから問題を出すから、配られたスケッチブックに答えを書いてね。書き方は自由だから、何書いてもいいよ。でもみんなに見せるから見やすいように書いてね。」
自分の前には装飾ができるようにいろいろなものを用意した。マジックペンからマスキングテープなど。あえてノートではなくてスケッチブックを配ったのはその方が見やすいということもあるが、自由に書かせるためでもある。人に見せるということを考えて、自分なりに装飾してもらうため。文字の大きさや色使いなどを見て性格を判断することもできる。さらに、これを見返した時に授業の内容を思い出しやすくする効果もある。ノートより圧倒的に利点が多い。
「今日はたった一つの問題を真剣に考えてもらうから。」
本格的に授業に入る。黒板の代わりに病院から借りたホワイトボードに問題を書く。それは「桃太郎の続きはどうなるのか?」ということだ。小学校から中学校高学年までいる子どもが一緒の内容で同じように考えられるものは何か自分なりに考えた答えだった。これは最初の自殺した父親が5歳ごろに自分に行っていた教育法だった。もちろん答えはない。年齢や環境によって大きく答えが異なる。ハッピーエンド、バットエンド全てが考えられる。
「ここにいるみんな知ってるよね、桃太郎。桃太郎は鬼を退治して、おじいさんたちのもとに帰って来て終わってしまうけど、その後ってどうなったのかな?答えはないから自由に考えてみて。わからないことがあったら質問してね。」
なるべく口調は小学校寄りで強い言葉は使わないようにする。こういった問題の場合年齢を重ねれば重ねるほど難しくなる。案の定、小学校低学年はスラスラ書いている。もうすでに装飾に入っている子もいる。しかし、中学年高学年、中学生に至っては全くペンが進んでいない。人は考える能力が高い分迷う。小学校低学年寄りに一見見える問題でだが、どちらかというと学年が高い子向けの内容だ。題材が童話というだけでかなり高度なことを自分は求めている。どうしてもペンが進まないのをみてヒントを出すことにした。
「どうしても書けないって子にヒントね。こういう問題は、桃太郎だけに目がいきそうだけど登場人物はそれだけではないでしょ。視点を変えたり、主人公を変えたりして考えてみて。」
このヒントで何人か書き始めた。それでも書けていない子のところに自分が行き、個別にアドバイスをしていく。何かきっかけを掴めれば、簡単に書き終える。隼人はその頃、さくらと一緒にお互いの答えを見合って笑っていた。別に相談してはいけないとは言っていなかったので、止めることはなくその光景を勝手な親心で微笑みながら見ていた。
粗方全員が書き終えたのを確認した。
「じゃあ自分と年齢の近い子たちとグループになって。保護者の人も自分の子ではないグループに入ってください。できれば自分の子供とは年齢が違うグループに入って来ださい。自分のお子さんとは授業後に見せてもらって復習のつもりでお互いに意見交換するのもいいと思います。」
大概こういった指示を出すとグループにならずに指示が出るまで待っているクラスが多いが、いつも一緒の空間で集団生活しているためか早く動いてくれる。3つのグループに分かれた。各5人ずつ、高学年は隼人を入れて6人。きれいに分かれた。
「これから発表してもらうけど、それには司会者決めないとね。低学年と中学年は先生方に入ってもらって、高学年は隼人に任せるからよろしくお願いしますね。」
隼人に睨まれた気がするがこれから授業に参加するなら他のこと交流することも必要になってくるから無視した。
「他の人の意見で気になった言葉とかキーワードがあったら積極的にメモを取るようにしてね。」
各グループで発表が始まる。自分は携帯でメモを取りながら各グループを回る。発表が終わっても話は尽きてなかった。
「発表も終わったことだし、じゃあみんな前向いて。」
予めホワイトボードに書いておいたグラフを見てもらう。
「実はこの問題は年齢ごとに答えが大きく違ってくるの。大きく分けると4つくらい。」
自分はグラフの右側に書いたものに注目させた。
「1つ目は、桃太郎が主人公のままでハッピーエンドのもの。帰って来た桃太郎がその後幸せになって暮らしたっていう終わり物語。これは低学年のグループに多かったかな。」
保護者と先生がうなずいていた。子供たちは自分がどの分類に入るのか自分の書いた物語を見ていた。
「2つ目は、桃太郎が主人公のままでバットエンドの物語。鬼ヶ島から持って来たお宝をめぐって争いが起きるとかそんな感じの物語。これはどの学年にも多い傾向があるね。」
様々なところで声が上がる。自分はどうなのか他の人のものを見て比べていいた。今までは、低学年に体を向けて話していたがここからは体の向きを変えて話す。
「3つ目は別の何かに視点を移してハッピーエンドのもの。桃太郎の視点ではなく、鬼や犬、猿とかキジの立場になってもう一つの物語が進んでいくもの。なおかつそれがハッピーエンドで終わるもの。これは、年齢を重ねるごとに書きやすくなる。ここでいうと中学生くらいの子たちがそうなるかな。僕は視点を変えてとヒントを出した。このヒントでだいぶ書きやすくなったんじゃないかな?」
うなずく子もちらほら。自分がグループを見に行った時、中学生のグループのほとんどが視点を変えて書いていた。
「最後に4つ目。視点を変えてバットエンドのもの。今日はいなかったけど実は僕がこれね。実はハッピーエンドかバットエンドかはその人がどちらの方が書きやすいかの違いだからそれほど重要じゃない。視点を変えるか否かでその人が何を見ているかがわかるんだ。」
低学年の子たちはキョトンとしている表情で自分を見る。
「ごめんね。今はお兄さんたちに向けての話だから、ちょっと我慢してね。」
低学年の子たちには少し早い内容であることはわかっていた。正直、年齢が自分から離れていれば離れているほど授業するのが怖い。自分の発言が直接影響を与えそうで。
「説明に戻るけど、高学年になればなるほど、ヒント後の方が書きやすくなったのはシンプルに見ている世界が年齢によって広がってくるから。選択肢が増え、いろいろなことについての感情も増える。人間として複雑になってくるんだよ。若い時には見えていなかったこと、気にも止めてなかったことが気になってくる。一番は自分以外の人間のことが気になり始めるんだ。自分が1人で生きていけないってわかってくるから。」
保護者はうなずいていた。
「桃太郎の物語はさまざまな登場人物がいる中で桃太郎以外になかなか焦点が行かない。もともと児童書として普及したものだから仕方ないところもあるけど高学年になると物足りなくなる。自然と物語のバックグラウンドが気になってくるんだよ。そうなってくるとこうも思ってくると思うんだ。桃太郎の行動は正しかったのかなって。」
ここからが本題。静かに聞いてくれているし、メモを取る子もちらほらいる。
「改めて桃太郎の行動を考えてみようか。産まれたところは飛ばして、鬼退治に向かう理由は何だったっけ?」
今まで1人で話していたのに、いきなり質問をされて戸惑っているようだった。
「村の人を困らせたから?」
1人がぼそっと言った。
「そう。一般的には財宝を盗んだってことになっている。本当は鉄を奪いに行くためだという説が今は有力らしいけど、これは別の話。じゃあ、財宝をとった鬼はどうなった?」
「桃太郎に退治された。」
今度は複数の箇所から声が聞こえた。他の発言もあったように思えたが聞き取れなかった。
「今の絵本では平和的な解決になってることが多いけど、一昔前までは普通に鬼を退治、殺されたってことになってた。財宝を盗んだだけでここまですることは正解かな?確かに悪いことをしたのは鬼の方だけどあまりにも罰がきつすぎないかな?」
きつい問題なのは重々わかってる。保護者の人も黙ってしまっている。
「じゃあ、最初やったみたいに視点を変えてみようか。今度は鬼になって考えてみようか。鬼の立場になって考えると書かれていないけどいろんなことが想像できるよね。鬼に家族はいたのかなとか、もしかして人から盗む以外に生きていく術を知らなかったのかなとか。」
用意されたホワイトボードに考えられるパターンを書いていく。
「視点を変えるだけで桃太郎がやったことがかなり残酷なことに見えてこない?僕は4つ目って言ってたでしょ。視点を変えてバットエンドで終わる。実は僕もね5歳くらいの時に同じことを父親に聞かれていてね。あの時は1つ目だったかな。でも今は年齢を重ねて当時とは違う考えなんだ。今の僕が考える桃太郎の続きは鬼の視点になって、退治された鬼の子供が大きくなって桃太郎に復讐しにいく物語。一般的に言われている負の感情の方が強い意志に変わること、負の感情は連鎖してどんどん大きくなることを僕は人生経験の中で知っているしね。これもまた別の話かな。桃太郎の中で鬼は悪者として登場するけど鬼にも鬼の主張があって当たり前だよね。鬼にとって桃太郎はいきなり自分たちの領域に入って来て自分たちの命と宝物を奪っていったやつだからね。」
少し話しすぎたかなと思ったが子供たちは真剣にメモを取っていた。子供たちだけでなく保護者の人まで。低学年の子たちは飽きて来たのか落書きをしていた。まあ仕方ないかな。低学年の子たちは考えるだけで意味があるし、もともと低学年の子向けに作ってはいない。大きくなった時に再び考えてもらえればいい。
「後もう少しで終わるから我慢してね。鬼の行動にも意味があって、それを正しいことだと疑わない。もともと絶対正しいことなんてないのかもしれない。見方を変えれば180°意見が変わることなんてざらでしょ。」
気付けばそろそろ授業が終わる時間になっていた。予定ではもう少し喋れると思っていた。そういえば教育実習の時も色々と話しすぎて時間がなくなって注意されてたっけ。
「それを知っている知ってないで世界が違って見えてくる。無限に世界が広がっていくんだよ。昔の有名な学者さんでアルベルト・アインシュタインって人がねこんなこと言ってるんだよ。」
自分はホワイトボードに書いていた文字を全て消し、大きく書き始めた。
『常識とは18歳までに積み上げられた先入観の堆積物に過ぎない』
「みんなはまだ18歳ではないけど今まで生きて来た中で経験したことや言われて来たことで当たり前だと言われて納得したことがあると思う。今の世の中はこれがないと生きづらくてたまらないからね。当たり前は身につけなきゃいけない。でも、それに縛られちゃ人間ダメになる。桃太郎が正しくて鬼は悪者。これが世間一般的にいう当たり前で常識だ。でも今回、この授業で全く別の視点、鬼側の気持ちを少しでも考えたことによって、この当たり前っていう認識がいかに不完全だってことがわかったよね。これから僕の授業ではこういったこと、みんなが当たり前、常識だと思っていることに疑問を投げかけていくから自分なりに考えてみてね。僕の授業の目的はみんなの視野を広げてより大きくのものを様々な視点で見ることができるようにすること。だから疑問に思ったことは何でも聞いて。一緒に考えようね。じゃあこれで今日は終わり。時間があれば自分なりにもう一度考えてみてね。」
最後駆け足で終わってしまい、さらに時間は少しオーバーしてしまったが、愛に怒られる時間ではないだろう。ホワイトボードを片付け、花屋に戻る。