到頭ある夜、私は夜中に墓のある場所に行ってみた。
如月の終わりでひんやりとしている。
恐る恐る竹藪の中から墓場の様子を窺っていると、去年死んだ若い男の墓の前に、黒い着物姿の女が座っている。
女は男の墓を、念仏を唱えながら金槌で叩いている。念仏の調子に合わせて、体を前後にゆすり墓を叩く様子は、何かにとりつかれている様に見える。
私は花粉症であり、特にこの時期は症状がひどくなる。家を出る前にマスクをしてきたが、さっきから鼻がむずむずしている。
「ハ、ハッ、ハックション」
我慢出来ずに大きな咳をしてしまった。
女は私に気が付き、そろそろとこちらに歩いてくる。
私は金縛りにあった様に、身動き出来ない。
女が段々と近づいている。
女の顔は暗闇でも浮かび上がるほど白く、目も鼻も口も無い。
私は耳をふさぎ全身を丸くして硬くなっていた。
女の気配が私のすぐ前にある。