中学一年の春から夏。違うクラスだったから、澪を取りまく環境がどんなものだったのか、実際に目にしたわけじゃない。「いじめられていた」証拠は、何も出てこなかった。それは思春期にありがちな「突発的な自殺」として、簡潔にただ処理された。

 僕が澪の家を訪れたのは、彼女がいなくなってから一週間後のことだった。僕はいまだに彼女の死をうまく受けとめられなかった。でも――家のなかに通されて祭壇の遺影を目にしたとき、いきなり『死』が現実として目前にまで迫ってきた。
(やっぱり、澪は死んだんだ)
 容赦ない事実を突きつけられて、胸がちぎれそうに痛む。
 焼香台の隣に、遺品のスマートフォンがあった。彼女が見せてくれたiPhone
「開けないけど、そのままにしてるの」
 僕の視線に気づいた澪の母親がそう言った。
「触ってもいいですか」
 どうぞ、と言われて手に取った。
 電源を押すと、数字を入れるロック画面に切り替わる。
 僕はいくつかの数字を画面上に入れてみた。何回かのエラーののち、僕はためしに自分の誕生日を入力した。
『陸斗は何月生まれ?』
 以前、帰り道に聞かれたことを思いだす。
 それはただの気まぐれで、澪の誕生日を入れた後、惰性でしたことにすぎなかった。
『私は六月十日。陸斗は十月なんだ』
 秋生まれなんだね、と笑った声が耳の奥に残っている。
 1007
 そう入れると――ホーム画面が表示された。
(まさか)
 僕は信じられない思いで、スマホの画面を注視した。
 彼女がパスコードにしたのは、僕の誕生日だった。
『そうすれば、きっと忘れないから』
 そんな声が、遺影の向こう側から聞こえた気がした。視界がにじみそうになる。
 僕は、気づけばメッセージアプリの画面を開いていた。そこには想像を越える「やりとり」がまだ残されていた。

『なんでまだ生きてるの? あんたみたいなのと、同じ教室にいたくない。この世界にいてほしくもない。一緒の空気を吸うのも嫌。みんなそう思ってるよ』
 賛同と侮蔑と同調の声。
『だったら、どうすればいいと思う?』
 突きつけられた言葉の刃。
 長い沈黙が見えるようだった。
『死ぬしかないと思います』

 メッセージアプリの吹きだしの羅列は、その言葉で終わっていた。
 追いつめられた先に、澪がしぼりだした声。
(こいつが)
 スマホを持つ手が震えていた。まるいアイコンの隣に、suzuと表示されている。
(澪を殺したんだ)
 僕は時間をかけて、suzuが誰なのか特定した。
 そして、いつか必ず復讐すると誓ったのだ。
 入学式に見つけた同じ教室にいた生徒――『河野鈴香(こうのすずか)』をずっと、僕は許せないままでいる。