*
何がいけなかったのか、最初から全然分からなかった。高校に入って、中学のときと同じようにメッセージアプリで繋がって、『みんなよろしくね』そんなメッセージを送った後だったのに。次の日、私はクラスのグループから外されていた。
(なんで? バグ?)
クラスの子に尋ねても、原因は分からないままだった。
でも、そのうち、
「沢井さんって、あの半裸のお笑い芸人にちょっと似てない?」
そんな噂が立つようになった。体を合成した写真が出回ったって聞いた途端、学校に行くのが怖くなった。
(何がいけなかったんだろう)
クラスのほとんどの子が、アプリのグループに入っている。そのすべての人に加工写真を見られて笑われたんだと思うと、顔を上げられなくなった。どこにいても一日中、スマホで悪口を言われてる気がしたし、「画像を消して」って、誰に言えばいいかも分からない。
もしかしたら、クラスの誰かが――「似てる」って言われた芸人と組み合わされた画像をSNSにあげたかもしれない。そう思うと、外に出るときさえ足がすくんだ。
それでも保健室登校を続けて、廊下を歩いていた矢先、
「あれ、沢井じゃん」
そんな声が背後から聞こえて、嘲笑されたような気がして顔が熱くなった。
(いつから、私はこんなに弱くなっちゃったんだろう)
泣きたい気持ちで逃げるように、そのまま学校をあとにした。
(もう、行くのやめようかな……)
そう思いながらトボトボとひとり歩いていた途中、ブーッとスマホが振動した。
よく知らない誰かから、メッセージが届いていた。
*
あっという間に高校の一学期は過ぎていった。
一応テニス部に入ってるけど、練習はあまり行っていない。日常的に誰かとずっと話してたのに、夏休みに入った途端、会話は途絶えがちになった。目的のない会話は散漫になるし、つまらない。そう知っていたから、標的をつくることは必須だった。
外す女子は入学した当初からもう決まっていた。『仲間外れ』の対象が分かってた方が都合がいい。ひとり部外者がいれば、それが至上の愉悦になる。
(これはゲームだ)
何度もそう思う。ゲームだから、楽しい方がいい。
それは、つまらない日常を面白くするこの上ない娯楽だった。
高校に入ればもっとマシな毎日が送れると思ってたのに、現状は全然そんなことなかった。成績は良い方だけど、勉強は楽しくない。ただ義務だからやるだけだ。成績が下がると、面白くない毎日がさらに面倒になるし、平均点以上が取れる位置にいた方が、クラスカーストでも上位にいられることを経験上知っていた。
こんなにもつまらない毎日なのに、餌がないなんて考えられない。誰かの悪口を言いあっていると、嗜虐的な快感があった。何より、みんな笑ってくれる。自分が退屈な日常を面白くしている自負があった。それでその子が傷つくなんて、一度も考えたことはなかった。『彼ら』はとてもおとなしくて、思うままに操れる人形のようだったから。そういう子は標的ににしやすいし、自発的になりやすい。自分が強者だと分かると、なおさら。
一度「外して」しまえば、もてあそぶのは簡単だった。投げても投げても壊れない玩具みたいに扱った。
「さすがに、あれはやりすぎじゃない?」
お弁当を食べてるとき、同じクラスの子に言われた。
とがめてるみたいな声だったけど、語尾がわずかに笑っている。本当は楽しんでいたと感覚で分かる声。だから、私も笑ってしまう。
「よくできてたでしょ」
我ながら自信作だった。写真は休み時間に撮った。「雰囲気が似てる」と言われてたお笑い芸人と合わせると、とても滑稽な画像になった。顔が中性的だから、男の体と組みあわせても違和感のない仕上がりだった。教室に来なくなってからは顔写真も撮れないから、ネタがなくてつまらない。夏休みだとなおさらだった。
(標的を変えようかな)
久しぶりにそう思った。
いじる対象がいないと、グループの会話も盛りあがらない。
(そうすれば、もっと楽しくなる)
退屈だった。ずっと。だから刺激を求めていた。
それが悪いなんて考えたこともなかった。
都合が悪くなれば、全部消してしまえばいい。今までもそうやってきた。たとえ、それがさらにゲームを加速させるとしても。しみついた習慣は常態化して、感覚を麻痺させていた。誰も私を責めたりしない。「圧倒的な強者」でいる自覚がそうさせていた。一度愉悦の味をしめると、いつまでもずっと続けたくなった。
ピロンと通知の音がして、端末を見る――と、同じクラスの男子からメッセージが届いていた。
『夏休み、クラスで肝試しすることになったけど来る?』
(肝試し?)
高校生にもなって? と思うけど、食指が動く自分がいた。毎日死ぬほど暑いし、暇を持て余してもいた。
『どこでやるの?』
そう聞くと、すぐに既読がついた。
『学校で』
(ばかじゃないの?)
そう思った。そんなのバレるに決まってる。変な騒ぎに加担して、内申を落としたくはない。一応「表むき」の私は優等生なのだ。その後、続けてスマホが鳴った。
『校舎内はバレるから、プール限定。鍵もあるし』
プール、という言葉に目が引き寄せられる。それならいいかもしれない、と思った。
『行くー』
そう返したら、
『八月三日。十九時半集合ね』
続けざまに返事がきた。
その頃には、次のターゲットのことも外していた女子のことも忘れていた。
何がいけなかったのか、最初から全然分からなかった。高校に入って、中学のときと同じようにメッセージアプリで繋がって、『みんなよろしくね』そんなメッセージを送った後だったのに。次の日、私はクラスのグループから外されていた。
(なんで? バグ?)
クラスの子に尋ねても、原因は分からないままだった。
でも、そのうち、
「沢井さんって、あの半裸のお笑い芸人にちょっと似てない?」
そんな噂が立つようになった。体を合成した写真が出回ったって聞いた途端、学校に行くのが怖くなった。
(何がいけなかったんだろう)
クラスのほとんどの子が、アプリのグループに入っている。そのすべての人に加工写真を見られて笑われたんだと思うと、顔を上げられなくなった。どこにいても一日中、スマホで悪口を言われてる気がしたし、「画像を消して」って、誰に言えばいいかも分からない。
もしかしたら、クラスの誰かが――「似てる」って言われた芸人と組み合わされた画像をSNSにあげたかもしれない。そう思うと、外に出るときさえ足がすくんだ。
それでも保健室登校を続けて、廊下を歩いていた矢先、
「あれ、沢井じゃん」
そんな声が背後から聞こえて、嘲笑されたような気がして顔が熱くなった。
(いつから、私はこんなに弱くなっちゃったんだろう)
泣きたい気持ちで逃げるように、そのまま学校をあとにした。
(もう、行くのやめようかな……)
そう思いながらトボトボとひとり歩いていた途中、ブーッとスマホが振動した。
よく知らない誰かから、メッセージが届いていた。
*
あっという間に高校の一学期は過ぎていった。
一応テニス部に入ってるけど、練習はあまり行っていない。日常的に誰かとずっと話してたのに、夏休みに入った途端、会話は途絶えがちになった。目的のない会話は散漫になるし、つまらない。そう知っていたから、標的をつくることは必須だった。
外す女子は入学した当初からもう決まっていた。『仲間外れ』の対象が分かってた方が都合がいい。ひとり部外者がいれば、それが至上の愉悦になる。
(これはゲームだ)
何度もそう思う。ゲームだから、楽しい方がいい。
それは、つまらない日常を面白くするこの上ない娯楽だった。
高校に入ればもっとマシな毎日が送れると思ってたのに、現状は全然そんなことなかった。成績は良い方だけど、勉強は楽しくない。ただ義務だからやるだけだ。成績が下がると、面白くない毎日がさらに面倒になるし、平均点以上が取れる位置にいた方が、クラスカーストでも上位にいられることを経験上知っていた。
こんなにもつまらない毎日なのに、餌がないなんて考えられない。誰かの悪口を言いあっていると、嗜虐的な快感があった。何より、みんな笑ってくれる。自分が退屈な日常を面白くしている自負があった。それでその子が傷つくなんて、一度も考えたことはなかった。『彼ら』はとてもおとなしくて、思うままに操れる人形のようだったから。そういう子は標的ににしやすいし、自発的になりやすい。自分が強者だと分かると、なおさら。
一度「外して」しまえば、もてあそぶのは簡単だった。投げても投げても壊れない玩具みたいに扱った。
「さすがに、あれはやりすぎじゃない?」
お弁当を食べてるとき、同じクラスの子に言われた。
とがめてるみたいな声だったけど、語尾がわずかに笑っている。本当は楽しんでいたと感覚で分かる声。だから、私も笑ってしまう。
「よくできてたでしょ」
我ながら自信作だった。写真は休み時間に撮った。「雰囲気が似てる」と言われてたお笑い芸人と合わせると、とても滑稽な画像になった。顔が中性的だから、男の体と組みあわせても違和感のない仕上がりだった。教室に来なくなってからは顔写真も撮れないから、ネタがなくてつまらない。夏休みだとなおさらだった。
(標的を変えようかな)
久しぶりにそう思った。
いじる対象がいないと、グループの会話も盛りあがらない。
(そうすれば、もっと楽しくなる)
退屈だった。ずっと。だから刺激を求めていた。
それが悪いなんて考えたこともなかった。
都合が悪くなれば、全部消してしまえばいい。今までもそうやってきた。たとえ、それがさらにゲームを加速させるとしても。しみついた習慣は常態化して、感覚を麻痺させていた。誰も私を責めたりしない。「圧倒的な強者」でいる自覚がそうさせていた。一度愉悦の味をしめると、いつまでもずっと続けたくなった。
ピロンと通知の音がして、端末を見る――と、同じクラスの男子からメッセージが届いていた。
『夏休み、クラスで肝試しすることになったけど来る?』
(肝試し?)
高校生にもなって? と思うけど、食指が動く自分がいた。毎日死ぬほど暑いし、暇を持て余してもいた。
『どこでやるの?』
そう聞くと、すぐに既読がついた。
『学校で』
(ばかじゃないの?)
そう思った。そんなのバレるに決まってる。変な騒ぎに加担して、内申を落としたくはない。一応「表むき」の私は優等生なのだ。その後、続けてスマホが鳴った。
『校舎内はバレるから、プール限定。鍵もあるし』
プール、という言葉に目が引き寄せられる。それならいいかもしれない、と思った。
『行くー』
そう返したら、
『八月三日。十九時半集合ね』
続けざまに返事がきた。
その頃には、次のターゲットのことも外していた女子のことも忘れていた。