久米が言っていた通り、「沢井あや」という女子は、その後も教室に来なかった。僕が言うのもなんだけど、大人しめの目立たない生徒だったような気がする。
「その子もメッセージアプリのグループに入っていたのかな」
 教室で何気なく尋ねると、久米は困惑するように、一瞬顔を歪ませた。
「実はさ」
 久米はスマートフォンを取りだす。
「最初はクラスのグループに入ってたっぽいんだけど、数日後に退会してて、最初は気にとめなかったんだけど」
 久米が端末を操作して、その画面を見せてくれる。
 そこには、「あやが退会しました」というメッセージが残っていた。
「もしかしたら、沢井は外されたのかもな」
「外された?」
「そういう機能があるんだよ。いわゆる仲間外れみたいな。その後、沢井を変に加工した写真がグループ内でまわってきて、一部のやつらは笑ってたけど、俺はあんまり笑えなかった」
「加工写真?」
「顔は沢井なんだけど、なんていうか、とにかくすっごい悪趣味で悪意があるって分かるやつ。クラスでグループに入ってるやつはみんな知ってるよ。さすがにやりすぎだろって思ったな」
 目の前の風景が遠ざかる。
(あのときと一緒だ)
 そう思った。
 僕は、まだ画面に残る加工写真を見た。
『これ、面白すぎない?』
 そんなコメントの下に、合成された沢井の写真が貼られていた。
 何人かの同調。羅列されたw。消えない嘲笑と侮蔑と悪意。未だに残る凌辱の跡。
 さらし者にすることで優位にたつ下劣さに、吐き気と目まいと両方感じた。
「この写真あげたの、この人だよね?」
 僕はまるいアイコンを指差す。suzuという名前が一緒に表示されている。
「そうだけど……古谷?」
「こいつに復讐したいって、僕はずっと思ってたんだ」
 思わず、本音が口から漏れた。
 今まで抑えこんでいた分、それは大きな炎となって全身を包むようだった。
「復讐って、なんだよそれ」
「僕は、三年前――」
 記憶がまた、よみがえる。
消えてくれない慟哭が苦い痛みをともなって、喉元までせりあがる。
「ネットのいじめが原因で、大切な人を亡くしたんだ」

 
 澪の訃報を聞いたとき、僕はそれが少しも現実なんて思えなかった。
(ほんの数カ月前まで、僕の隣を歩いていたのに)
 事態は思っていたよりも、もっとずっと深刻だった。でも、目には見えなかった。今思うと当たり前だ。だっていじめは水面下で行われていたのだから。それは彼女を追いつめて不登校におとしいれ、「もう生きたくない」とまで思わせるものになったのだ。
 僕は、そうなった原因をなんとしても知りたかった。
 彼女がみずから命を絶つことになった引き金を、ずっと探し続けていた。
「あのさ、久米って水泳部だったよな」
「おう」
「ひとつ、頼みたいことがあるんだ」
 それは、僕のエゴを解消するだけかもしれない。
 たとえそうなのだとしても、胸の内で今も渦巻いている感情を、僕は突きつけてやりたかった。
 でも、その前にまだやるべきことが残っている。
 僕は「沢井あや」の連絡先を知っている人がいないか聞いてまわることにした。