じっと見すぎたのだろう。視線を感じた玲夜が柚子を見たことで視線が合った。
「どうした、柚子?」
「な、なんでもない」
「少し顔が赤いな」
玲夜が手を伸ばし柚子の頬をそっと撫でる。
「なにか言いたいことでもあるのか?」
なんでもないと言おうとしたが、今浮かんだ疑問を聞くいい機会かもしれないと躊躇いがちに口を開いた。
「えっと、その……」
「ああ」
「私と玲夜って結婚するってことなんだよね?」
「当たり前だ。お前は花嫁なんだからな。不満か?」
嫌がっていると思われるのは心外なので、慌てて否定する。
「ち、違う! そうじゃないけど、それっていつなのかなって……。今、高道さんは私たちが結婚した後に結婚するかもって言っていたから。ほら、心の準備とかいろいろとあるし……」
高道もいい大人だ。桜子は大学生だが、話を聞いているとそんな遠い未来の話ではないように聞こえる。
なら、自分と玲夜の結婚はいつになるのか。当事者である柚子が当然気になることだった。
聞くのに勇気が必要だった柚子の質問に、玲夜はほぼ考えることなく即答した。
「柚子が大学を卒業したらすぐだ」
「ええ、そうなの!?」
玲夜の中ではすでに決まっていたように答えるが、柚子は初耳だ。
「ああ、遅かったか? なら高校を卒業したらでもいいが……。そうなると準備をかなり急がないといけなくなるが」
とんでもないことを言い始めたので、柚子は慌てて止める。
「違う、逆っ! 大学卒業したらすぐって早いと思って」
「どうしてだ? むしろ遅いぐらいだろ。俺は今すぐでもいい」
「ええー。いや、でも……」
晩婚化が進む現代。大学を卒業する二十代前半での結婚は柚子の感覚からはかなり早かった。
柚子もいずれは結婚して子供に恵まれた明るい家庭を夢見たものだ。柚子は家族が問題だらけだったために、家族への願望は普通の人より強いと思っている。
大学を出て、就職をして、ひとり立ちできるようになったら、素敵な男性と出会って結婚して家族を持つ。
できることなら祖父母のように年を取っても仲のいい夫婦でいたい。
それは柚子の理想とした将来設計だった。
しかしだ。玲夜の花嫁に選ばれた時点で、就職も自立もする必要はない。
玲夜という将来を共にする相手もすでにいる。そうなると、卒業後そのまま結婚もありなのか?
そうすれば、柚子があれほど願った家族が手に入る。
早いことは特に問題はない。むしろ、予定より早く願いが叶うではないか。
問題はどこにもなく。なぜ自分は否定しているのだ?となり、柚子は正解が分からなくなってきた。
悩んでいる柚子を見かねてか、高道が口を開く。
「柚子様。基本的に花嫁の結婚は人間社会に比べると早いですよ。我々あやかしもですが、家が伴侶を決めることが多く、それ故に結婚までの流れも早いです。特に花嫁を得たあやかしは独占欲が強く、一日でも早く自分のものにしたがるので、結婚可能な年齢になったらすぐにということも珍しくもありません」
「そうなんですか?」
「ええ。大学卒業まで待たれようとされている玲夜様はかなり気が長い方です。それもこれも、柚子様を思ってのことです」
最も近くにいる花嫁である透子から、東吉との結婚の話を聞いたことがなかったので、そのあたりのことは知らなかった。
まだまだ、花嫁初心者の柚子には知らないことが多いようだ。
「そうなんだ……」
玲夜を見上げると、優しい笑みを浮かべ柚子の頭を撫でた。
「俺はすぐでもいいが、もっとこの世界に慣れてからの方が柚子はいいだろう?」
大学卒業まで待つのは柚子のため。
どこまでも柚子に甘い玲夜。いつでも柚子のことを最優先に考えてくれている玲夜に、柚子の心は温かくなる。
この場に高道や桜子がいなければ抱きついているところだ。
代わりに、めいっぱいの笑顔を向けた。
こんな人と生涯を共にできるのは幸運でしかなかった。
悲しみと痛みに暮れたあの日、玲夜と出会えたことを神に感謝したい。
あの日の偶然の邂逅は柚子にとって奇跡の訪れだった。
柚子が思い描いていた温かな家族に包まれた生活はきっと叶うだろう。
玲夜といると、柚子は疑いもなくそう思えた。