「桜子さん綺麗だから大学でも大人気だろうね」


 桜子に恋焦がれる男子学生たちの姿が目に浮かぶようだ。


「……まあ、ある意味人気だろう。今の大学部で一番権力があるのが桜子だからな」

「権力?」

「あやかしが多いからな。それに授業料も高いから、通っている人間の多くも資産家の子が多い。そうなってくると、鬼であり鬼龍院の筆頭分家で、あやかしとしても霊力が強く社会的地位も高い鬼山家の娘に逆らえる者は今の大学部にはいない。きっと学園を支配する女王のように振る舞っているはずだ」

「女王?」

「そう、女王だ」


 儚げでお淑やかな印象の桜子と女王という言葉が繋がらなかった。どちらかと言うと、お姫様の方が相応しいように思うのだが。


「まあ、それも柚子が入学すればひっくり返るがな」

「えっ、なんで?」

「鬼龍院の次期当主である俺の花嫁である柚子が、分家の桜子の下になるわけがないだろう。柚子が入学すれば柚子が女王だ」


 ニヤリと玲夜が笑う。


「え……」


 柚子の頬が引き攣る。


「学園を牛耳ってみるか?」


 玲夜は甘い睦言を言うように耳元で囁く。


「それ聞いて、余計に行きたくなくなったんだけど……」


 小市民な自分が学園を支配するなど冗談ではなかった。


「俺の花嫁となるということは、そういうことだ。まずは学園で体感してくるのも勉強になる。媚びへつらう人間のあしらい方とかな。この間の酒宴のように、俺の隣でパーティーに参加する機会も多くなってくるんだ。かくりよ学園での生活はいい経験になると思うぞ。大学には桜子とは別の分家の鬼もいるから、なにかあった時も安心だしな」

「けど、かくりよ学園は授業料とか高いし……」


 躊躇いがちにそう言うと、首筋をがぶりと噛まれた。


「ひゃっ」


 甘噛みだったので痛くはなかったが、柚子は突然の玲夜の奇行に驚く。
 顔を見ると、どうやら怒っているようで、紅い目が鋭く煌めいている。


「いい加減に慣れろ。お前は俺のなんだ?」

「花嫁です……」

「その通りだ。俺はお前のために金を惜しむつもりはない。そもそもそれぐらいで傾くほど鬼龍院は小さくないぞ。それともお前は俺が授業料ごときでガタガタ言う小さな男だと思っているのか?」

「思ってないし、鬼龍院の凄さは分かっているけど……。どうしても値段を見ると、前働いていたバイトの時給で換算しちゃって。これで何時間分の給料になるって思ったら、気軽に払ってなんて言えないんだもん!」


 鬼龍院の花嫁になったところで急に性格や価値観が変わるわけがないのだ。


「……生真面目なのも考えものだな」


 呆れたように溜息をつく玲夜。


「透子と同じこと言うし」


 柚子はそれほど自分を真面目とは思っていないので不服そう。
 だが、働いてお金を稼いだ経験のある一般庶民なら、普通に気になることだと柚子は思うのだ。


「金持ちが憎い……」


 お前のために金を惜しむつもりはない!などと、一度は言ってみたいものだ。
 衣食住を玲夜に頼っている柚子には一生掛かっても言えないだろうが。
 まあ、それは置いておいて、これ以上ごねたとしても玲夜が不機嫌になるだけだろう。それは後々よくない形で自分に返ってくるのでそれ以上言うのは止める。


「かくりよ学園か……」

「入るならこちらで入学の手続きをしておく」

「えっ、試験は?」

「一般の者ならあるが、花嫁は簡単な面接だけだ。言っただろう、あやかしのために作られた学校だと。あやかしや花嫁なら願書を出せば全員受かる。面接も建前上のものだしな」


 そう言われて思い返すと、確かに透子や東吉は、受験に向けて休み時間も勉強する者がいるぴりついた教室の空気の中、進学するとは思えないのほほんとした雰囲気で過ごしていた。勉強しなくて大丈夫なのかと心配していたが、そもそもする必要がないからなのかと納得する。


「どうする?」


 問う玲夜に、柚子は眉間に皺を寄せて唸る。


「うーん、受験勉強から解放されるのは心惹かれるけど、どういう学校なの? 講義内容とか」

「それは今通っている者に聞いた方がいいだろう。俺がいた時とは多少変わっているだろうし、男と女では感じ方も違うだろうから」

「今通っているって桜子さん?」

「ああ。週末に来ることになっている。報告があるらしい」

「へぇ、そうなんだ。じゃあ、その時にでも聞いてみようかな」

「ああ、それからどうするか決めたらいい」

「うん。ありがとう、玲夜」


 どこまでも柚子に甘い玲夜は、かくりよ学園に行くことを強制はしなかった。
 恐らく玲夜としてはかくりよ学園に行った方が玲夜の力も及ぶし、同じ鬼も通っているので柚子を守りやすく、色々な面で都合がいいだろうに。
 感謝を述べると、玲夜は柚子にだけ見せる優しい笑みを浮かべた。