鬼の花嫁2~出逢いと別れ~

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 柚子が戻ってきてから数日。
 柚子は大事を取って屋敷に籠もっていた。
 柚子自体は怪我もなく健康そのものなのだが、玲夜が大学内の警備を整えるからと、それまで登校を禁止されたのだ。
 暇を待て余していると、透子が東吉と共に来訪した。その後ろに蛇塚を連れて。
 蛇塚を客間に案内するやいなや、柚子の前で土下座をした。


「蛇塚君!?」

「申し訳なかった!」

「いいから、顔上げて」


 そう言うが、蛇塚は頭を上げようとはしなかった。


「梓がしたことは許されることじゃない。本当は梓自身が謝りに来るべきなんだ。けど……」


 蛇塚は言葉を濁した。


「……梓ちゃんどうしたの? 津守って人に暗示にかけられていたんでしょう? あの後どうなったか玲夜に聞いても詳しくは教えてくれなくて」


 蛇塚は視線を彷徨わせた後、意を決したように口を開いた。


「梓の暗示は解けて正気に戻った。自分がしたことも全部分かっている。けど……。やったことに対して、反省はあまりしてない。梓は鬼龍院様のことを好きで、柚子が鬼龍院様の花嫁であることが許せないってことは、暗示が解かれても変わらなかった。元々ある梓の感情なんだろう」

「そっか……」


 そのひと言しか言葉は出てこなかった。
 きっと、つらいのは蛇塚も同じだろう。
 そもそも、あっさり誘い出されてしまった柚子の警戒心のなさも問題だった。
 蛇塚が悪いわけではなく、蛇塚を責めるのはお門違いだ。


「俺は……梓を家に返そうと思う」


 迷い苦しみ抜いた末の決断。
 思ってもみなかった蛇塚の言葉に柚子は驚く。
 しかし、透子と東吉はあらかじめ聞かされていたのか、驚いた様子はない。


「えっ、いいの!? 花嫁なんでしょう? 花嫁はあやかしにとったら絶対なのに」

「いいんだ。このまま梓をそばに置いても同じことを繰り返しかねない。今回の事件を起こして、暗示が解けた後も話をしようと何度も試みたけど、梓の壁を壊すことはできなかった」

「でも……」

「正直疲れたんだ。花嫁だからこそ、あんな敵意を向けられ続けるのはつらい。お互いにとってもそれがいいと思う」


 力なく笑う蛇塚に、柚子はそれ以上なにも言うことができなかった。


「ってことは、あの子の家の援助も打ち切るの?」


 透子の問いに、蛇塚はこくりと頷く。


「花嫁として迎えない以上、梓の家に援助する理由もない。それに、今回の事件を引き起こした罰がなにもなしというのは、鬼龍院の手前できないから」


 柚子としては暗示をかけられていたし、暗示をかけた幸之助が一番悪いと思っているのでさして気にしていないが、被害相手が鬼龍院の次期当主の花嫁では、無罪放免というわけにもいかないのだろう。
 そこは家同士の問題なので柚子が口を挟むわけにもいかない。
 本人に反省の色がないのならなおのこと。
 結局、柚子は梓とは二度と会うことなく、そのまま梓は蛇塚家から出され、かくりよ学園も中退することとなった。


 ようやく大学へ行けるようになると、いつも通りの日常が戻ってきた。
 だが、蛇塚の言っていたように梓の姿はなく、蛇塚だけがこれまでのように登校している。
 時折寂しそうにしているように見えたが、柚子たちはそれに気付いていてもなにも言わず、いつも通り接することにした。
 そんなある日、大学内で浩介を発見した。
 向こうは気付いていなかったが、浩介を見るや透子が走り出す。


「浩介!!」


 その声に振り返った浩介の頬に、透子は強烈な一発をおみまいした。


「うわぁ、痛そう」


 見ていた柚子まで頬が痛くなりそうな一撃だった。
 呆気にとられていた浩介だったが、我に返ると透子に食ってかかる。


「なにすんだ、この暴力女が!」

「なにじゃないわよ。柚子の代わりに殴ってやったのよ!」

「だったら柚子にさせろよ。お前は関係ないだろう」

「関係あるわよ! 柚子もあんたも、私の大事な幼馴染みなんだから!」


 虚を突かれたような浩介は、その後泣きそうな顔をする。


「大事な幼馴染みなんて、よく言えんな。俺がしたこと聞いたんだろ」

「聞いたわよ。だから一発おみまいしたんじゃない」

「…………」


 浩介は無言になる。
 そして、柚子に視線を向けると静かに頭を下げた。


「悪かった柚子。あんなつもりじゃなかったんだ。危険な目に合わせたかったわけじゃない。ただ、助けたかっただけなんだ」

「柚子には若様がいるのに、あんたの助けなんか必要あるはずないでしょ」

「そいつから助けたかったんだよ。あやかしなんて人間とは違う生き物なんだ。しかも鬼龍院の次期当主なんて、冷酷で非情な奴だって有名じゃねぇか。そんな奴の花嫁になんてなったら柚子が不幸になると思って……」

「そういうのを偏見って言うのよ! 若様はあんたなんかよりよっぽど柚子のことを大事にしているわよ! あんた、若様と柚子が一緒にいるところ見てみたらいいわ。外野が思わず砂糖吐きたくなるぐらい甘々なんだから!」

「透子、そんな風に思ってたんだ……」


 そんな風に見られていたとは恥ずかしい。
 だが、確かに玲夜はところかまわず柚子には甘い。


「もうそれは分かったよ。……柚子にあんなはっきり言われたら認めるしかねぇじゃんか」

「あんたに認めてもらう必要はないけどね」


 色々とやらかした浩介に対してかける透子の言葉は厳しい。


「はいはい。好きに言ってくれ。俺はどうせここの土地を離れるし」

「えっ!?」

「はあ!? どういうことよ」


 柚子と透子は浩介の発言に驚く。


「さっき退学届出してきた。今回の一件で津守を出る決心がついたんだよ。ここから離れて一から出直しだ」


 浩介はどこかすっきりしたような顔をしていた。


「まあ、前みたいに連絡が取れなくなるわけじゃねぇよ。住むところ見つけたらちゃんと連絡する」

「ほんとに?」

「絶対よ!」

「おうよ。だから、心配せず俺の門出を祝ってくれ」


 決心は固いようだ。
 引き止めるのは無理だと判断した柚子と透子は、笑顔で送り出すことにした。


「そっか、頑張って」

「あんたならどこでもやっていけるでしょう」

「柚子と透子の結婚式には呼んでくれ~」


 そう言って、浩介は去って行った。


「なんだか寂しくなるね」

「そうね。けど、今度はまた会えるわよ」

「そうだね」


 いつか再会した時には、お互いが笑顔で会えることを願って。