「ミャーン」
「アオーン」
まろとみるくも幸之助から離れ、柚子のもとに戻ってきた。
後ろを振り返ると、幸之助がナイフを振りかざして襲いかかってくるところだった。
再び恐怖感が戻ってきたが、襲ってきた幸之助の腹部に玲夜の強烈な蹴りが炸裂する。
思わずナイフを落とし痛みに悶える幸之助は、さらに青い炎に包まれた。
「うあぁぁぁ!」
叫び声を上げ地面に転がる幸之助を玲夜は氷のような冷たい目で見ていた。
炎はすぐに収まる。玲夜とて殺したいわけではないようだ。本当はそうしたいぐらいの怒りを感じているのだろうに。
服を焦がした幸之助は、いつの間にかいた高道によって、後ろ手に押さえ付けられる。
「ここまでだ、津守」
「くそっ、くそ、くそぉぉ! お前のせいですべてが狂った! お前のせいで!」
「お前が勝手にしたことの結果だ。後々津守の当主より沙汰が下されるだろう。心しておけ」
「くっ……」
津守は玲夜と共に来ただろう数名の鬼によって連れて行かれた。
幸之助の姿が見えなくなって、今さら足が震えてきた柚子は立っていられなくなり、その場に座り込んでしまう。
「助けが遅くなって悪かった」
玲夜のせいではないのに申し訳なさそうにする玲夜へ、柚子は精一杯の笑顔を向ける。
「ううん。助けにきてくれてありがとう」
玲夜の手が怪我をした柚子の首に伸びて、そっと患部に触れる。
ピリッとした痛みが走ったが、すぐに痛みは引いていった。
どうやら玲夜が治してくれたようだ。
「他に痛みはないか?」
「うん、大丈夫」
すると、まろとみるくが柚子に寄ってくる。
そんな二匹の頭を撫でて、二匹にもお礼を言う。
「ありがとう。まろ、みるく。どうやってここに来たのか分からないけど、まろとみるくがいなかったら危なかったよ」
「アオーン」
「ニャーン」
返事をするように二匹はそれぞれ鳴いた。
まだ立ち上がれない柚子を玲夜は抱き上げる。
立てたとしても、裸足の柚子を歩かせる気は玲夜にはないだろう。
柚子を抱いて歩き始めた玲夜の後をまろとみるくもついてきた。
「……それにしても、よくあのタイミングで津守の拘束から逃れられたな。あんなのをどこで覚えたんだ?」
玲夜は感心していた。
「ああ、あれ? あれは大学の講義で護身術を学ぶ授業があってね。そこで教えてもらったの。ちゃんとできるか不安だったけど、まろとみるくに注意が向かっていたからやるなら今だと思って」
「そういうことか。柚子をかくりよ学園に行かせたのは正解だったな」
「そうみたい」
普通の大学には護身術を教える講義などそうないだろう。
花嫁が襲われた時のためにと作られた講義らしいのだが、そんなもの使う機会はないだろうと思っていた柚子は、しっかり授業を受けていてよかったと心から思った。
玲夜に抱っこされながら出口に向かい移動していると、あれほど騒がしかった周囲がしんとなっているのに気が付く。
それと共に、進むにつれ人がバタバタと倒れていたり、鬼の一族と思わしき人に引きずられている人がいたりして、柚子は頬を引き攣らせた。
中には桜子の姿もあり、どこかにお出かけするような綺麗な着物姿の桜子が、天使のような微笑みで倒れている男をグリグリ踏みつけていたのが視界に映ったが、柚子は見なかったことにした。
「玲夜、鬼の人たくさん連れてきたの?」
「ああ。動ける者は皆連れて来た」
「そこら辺で倒れている人はなに?」
「見れば分かるだろう? 入れろと言っても入れないから門を蹴破って入ったら、抵抗したから潰しただけだ」
「そ、そう……」
あの騒ぎは玲夜たちが突入してきたからだと知った。
あやかしを祓うことを生業とする陰陽師でも、最強の鬼には敵わなかったようだ。
だがまあ、柚子はここにいる者たちによって捕まっていたので同情の余地はない。
しかし、ひとりだけそうではない人を思い出す。
「玲夜、浩介君はいなかった!?」
「浩介? 誰だ」
「前に話した大学で再開した幼馴染み。さっきの人の弟らしくって」
「なるほど、知っていて近付いたか?」
察しのよすぎる玲夜。
「そんな男を柚子が気にする必要はないだろう?」
「……でも、悪い人じゃないの。私のこと助けるって言ってた。多分色々と勘違いしているだけで、津守の人とは別の理由で動いていたと思うの。ちゃんと話をしたい」
「……分かった。高道」
不本意そうな顔をしつつ、玲夜は高道を呼んだ。
「かしこまりました」
高道は指示されずとも玲夜の言わんとすることを理解したようで、一礼して離れていった。
柚子を抱いた玲夜はそのまま門を出て、止められた車の中に乗り込むと、玲夜の屋敷に向けて車は走り出した。
車の中でも、玲夜はまだ柚子を離さず膝の上に乗せていた。
重いだろうからと下りようとしたが、玲夜が引き留める。
そして、ぎゅっと力強く柚子を抱きしめる。
まるで柚子がそこにいることを確認するかのように。
「玲夜?」
「今回はさすがの俺も焦った。いや、柚子のことになるといつも冷静でいられなくなる」
「ごめんね。私が軽率だった。梓ちゃんなら大丈夫だって軽く行動しちゃった」
「いや、もっと対策を取っていなかった俺が悪い。津守のような手段を選ばない奴もいるのを分かっていたはずなのに」
紅い目が柚子を心配そうに見つめる。
「怖かっただろう」
そう言われて、気が抜けたように涙がほろりと流れた。
意図せずして流れた涙で、自分は怖かったのだと理解する。
捕まっている間は気丈に泣き叫んだりしなかったが、玲夜を前にすると安心して気が抜けてしまう。
それだけ玲夜を信頼しているということなのだろう。
玲夜は涙する柚子の目元を拭い、額に頬に、そして唇に優しくキスを落とす。
「もう大丈夫だ。もう誰にも手を出させたりしない」
「うん」
玲夜がそう言うのなら大丈夫だと、安心できた。



