裸足のままだったが、足の裏に土が付くのもかまわず外に飛び出した。
砂や石ころが足裏に当たって痛かったが、立ち止まっている暇はないと足を進めると、突然ドーンと激しくなにかが壊れる音がしてびくりとする。
直後、人が言い争うような怒声が聞こえてきて、一気に不安が押し寄せる。
なにが起こっているかも分からず、現在位置も分からないままうろうろしていると、抱っこしていたまろとみるくが腕から下り、まるでこっちだと言うように柚子を振り返ってから走り出した。
柚子は慌てて後についていく。
二匹は騒ぎが大きい方、大きい方へと向かっていくので、柚子は本当に大丈夫かと心配になってきた。
それでも、足を止めるたびにまろとみるくが後ろを振り返って柚子が来るのを待つので、仕方なくついていく。
「本当に大丈夫なの? まろ~、みるく~」
大きすぎる屋敷に辟易としてきた。
玲夜の家といい、東吉の家といい、この家といい、無駄に大きな家になんだか庶民の柚子は悔しくなってきた。
金持ちばかりか!と悪態をつく余裕が少し出てきたその時、柚子の目の前を横切るように大の大人が吹っ飛んでいった。
「……えっ」
そちらを見ると、この家の者と思われる男性が、ぐったりと意識を失って倒れている。
頬を引き攣らせ見ていると、柚子の待ち望んだ声が聞こえてきた。
「柚子」
そこにはずっと会いたかった愛しい人。
「玲夜!」
玲夜は柚子を見ると安堵した顔をする。
柚子もまた、玲夜を見た瞬間に笑みが浮かんだ。
「玲夜……」
玲夜のもとへ駆け出そうとしたその時、後ろから誰かの腕が回された。
「柚子!」
玲夜が慌てたように叫ぶ。
振り向いたそこにいたのは幸之助。
背後から腕を回し、柚子を拘束していた。
「離して!」
柚子は抵抗し暴れる、しかし……。
「騒ぐな」
目の前に銀色に光るナイフを見せられ、これにはさすがに大人しくせざるを得なかった。
ナイフが柚子の首に当てられる。
ヒヤリとしたものが首に当たり柚子の体がびくりとしたが、できるだけ動かないようにした。
柚子の顔が強張り、助けを求めるように玲夜を見ると、玲夜の顔は静かに怒りを発していた。
「津守、柚子を離せ」
「嫌だね」
ニタリと嫌な笑みを浮かべる幸之助は、玲夜が一歩踏み出すとさらに柚子にナイフを押し付けた。
「おっと動くな。動けば大事な花嫁の首をかき切るぞ」
ぷつりと皮膚が切れ、血が出る。
痛みに顔を歪めた柚子を見て、玲夜は足を止める。
悔しげに歯噛みする玲夜を見て、幸之助が大きく笑い声を上げた。
「そうだ、その顔だ。お前のその悔しがる顔が見たかったんだよ! あははははっ」
「……それが、柚子をさらった理由か?」
「ああ、そうだ。いつも澄ました顔のお前のそんな顔が見られる日がくるとはな。これまで俺のことなんか歯牙にもかけなかっただろうに、そんな俺にいいようにされるとは、鬼龍院も落ちたものだ」
機嫌よく話す幸之助の言葉を玲夜はたった一言で切り捨てる。
「くだらない」
「なんだと?」
「くだらないと言ったんだ。小さな男だな。そんなだから俺の視界にも入らなかったとなぜ分からない」
幸之助の顔が怒りで赤く変わる。
「どうやら立場が分かっていないようだな。俺はお前の花嫁の命を握っているんだぞ。それはお前の命運を俺が決めるということだ。あの鬼龍院玲夜の行動を俺が、この俺がだ!」
興奮する幸之助を玲夜は冷めた目を向ける。
興味の失せた無関心な眼差しを。
「……めろ、止めろ、その目で見るな! この!」
柚子に向けたナイフを持つ手に力が加わる。
その手とは逆の手にまろが飛びつき、みるくが幸之助の足に噛み付く。
その瞬間、それまでナイフを突きつけられながらも、冷静さを保っていた柚子が動いた。
実践は初めてだったが、使うなら今しかないと思ったのだ。
片手で幸之助の手首を、そしてもう一方の手でナイフを握る手を掴む。
肩と首で幸之助の腕をしっかりと挟み込んで脇を上げさせ、幸之助の手を掴んだまま、後ろに下がって幸之助の脇をくぐり抜けた。
そうして、呆気にとられる幸之助の拘束から逃れた柚子は、玲夜のもとへ一目散に走る。
「玲夜!」
玲夜に飛び込むと、玲夜は両腕を広げ柚子を受け止めた。
きつく抱きしめられる。
玲夜の匂い、玲夜の温もりを感じて、もう大丈夫だとようやく安堵できた。



