鬼の花嫁2~出逢いと別れ~


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 座敷牢にいた柚子は、どうにかこうにか逃げ出せないかと試行錯誤していた。
 しかし、武器もなにもない今の柚子にはどうすることもできなかった。
 できることといったら、鉄格子を掴み、押したり引いたり、はたまた体当たりしてみたりするぐらいだが、鉄でできた格子が人の手で壊れるはずもない。


「くぅ。このままじゃ、玲夜に迷惑かけちゃう。子鬼ちゃんたちのことも心配だし。無事だといいけど……」


 考えることはそれだけではない。
 まさか浩介までもがあちら側の人間だとは思わなかった。
 透子と三人、大学のカフェで楽しく話していたあの時が遠い昔のように感じる。

 柚子も透子もただただ懐かしく思っていたが、その頃から浩介は腹に一物を抱えていたというのか。
 それが信じられなかった。あれは偶然なんかではなかったのだ。会えたことを喜んでいたのが馬鹿みたいではないか。

 けれど、何故か浩介を恨むという気持ちは浮かんでこなかった。
 浩介は「助ける」と言った。柚子を玲夜から。きっと、浩介はあやかしにあまりいい感情を持っていないのかもしれない。だからそんな言葉が出てきただけで、決して柚子を害そうと思ったわけではないのだと思いたかった。
 柚子の意思で玲夜のそばにいるんだと心から伝えたら分かってくれるはず。
悪い人ではないのだ。

 もう何年も会っていなかった相手だが、柚子はそう思わずにはいられなかった。
 けれど、そんな話し合いをするためには、ここから出るのが先である。
 もう一度扉の南京錠が付いた部分に手を伸ばしてガチャガチャと動かした。
 腕が疲れてもなお動かしていると、誰かがやってくる足音がして手を止める。

 慌てて鉄格子から離れると、そこに顔を見せたのは幸之助だった。
 途端に警戒心が溢れ出す。
 警戒したままじっと幸之助の動きを見ていると、扉の南京錠を外して中に入ってきた。


「な、なに? なんの用? 私を早く帰して!」


 怖い。声が震えるが、弱みはみせまいと気丈に振る舞う。
 そんな柚子を幸之助はわずらわしそうに見る。


「黙れ! まったく、鬼龍院といい、花嫁といい、鬱陶しい生き物だ。昔は人間とあやかしは敵対関係だったというのに、生温い世の中になったものだな」


 幸之助は着物の袖の下から香炉を取り出す。
 梓にも使っていたあの香炉。
 それを柚子に向けると甘い匂いがしてきた。
 よくないものだと直感で思った柚子は手で鼻を塞ぐ。
 しかし、幸之助に腕を掴まれ手が外れると、鼻腔にまとわりつくような甘ったるい香りがした。


「よく嗅げ」


 香炉を柚子の鼻に近付けながら幸之助がなにか言っていたが、次第に声が遠くなっていく。
 駄目だと思うのに、体が言うことを聞かない。
 次第に意識もぼんやりとしてきた。
 意識が朦朧とし、視点の合わなくなった目をする柚子に、幸之助が暗示をかける。


「いいか、ここであったことは忘れろ。津守のことも俺のことも。それから……」


 その時、幸之助の持っていた香炉に黒い何かが体当たりし、香炉が下に落ちて割れてしまった。
 直後、はっと柚子の意識がはっきりとする。
 そんな柚子の足にみるくがすり寄った。
 少し離れた所では、香炉を前足で猫パンチしているまろがいる。
 柚子はここにいるはずのない二匹を見て我が目を疑う。


「えっ、みるく? まろも……。どうしてでここに?」

「ニャーン」

「アオーン」


 二匹は嬉しそうに柚子の足に体を擦り付ける。
 意識が二匹に向いていたが、すぐに現状を思い出して我に返ると、幸之助を見る。
 幸之助も、突然現れた猫たちに唖然としている様子。
 今がチャンスだと思った柚子は、まろとみるくを抱えて幸之助をうまくかわし、開いたままになっていた扉へと走った。


「ま、待て!!」


 背後から幸之助の声が聞こえたが、待てと言われて待つ馬鹿はいない。
 震えそうになる足を必死で動かし、幸之助が来た方向へ走ると階段が見え、それを駆け上がる。
 階段を上がったすぐにある戸を開けてさらに進むと、光が柚子を照らした。
 ずっと薄暗いところにいたので、外の日の光に目が眩む。
 柚子がいたのは、この屋敷の庭にある小さなお堂のような建物だった。中には他になにもなく、座敷牢のある地下へ行くためだけの場所のようだ。