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ご機嫌で政治家が帰ったのを見送ってしばらく経った。
今頃あの政治家は動いただろう。鬼龍院はいったいどんな反応をするか。
幸之助はこれから起こるであろう鬼龍院家の……いや、玲夜の慌てっぷりを想像しながら悦に浸っていた。
浩介の裏切りがあったが些末なことだ。
もともと幸之助は浩介のことを信頼してはいなかった。
花嫁をどこぞの家に引き渡したら、暗示をかけた上でどこか田舎にでも送ればいいと考えていた。
「誰か、酒を持ってこい。特上のをな」
「かしこまりました」
使用人に酒を頼む。前祝いとでもいうつもりなのだろう。
あの鬼龍院玲夜を出し抜けた。それだけで旨い酒が飲めるというものだ。
しかし、そんな幸之助の策は無に帰す。
「幸之助様!!」
ドタドタと慌ただしく廊下を駆けてくる足音がして、幸之助のいる部屋の戸が勢いよく開かれる。
「なんだ、騒々しい」
「鬼が……」
入ってきたのは津守に属する陰陽師の一人。
柚子を捕らえ、子鬼を祓おうとした時にもいた男だが、彼の顔はひどく青ざめていた。
「どうした?」
「鬼に……。鬼に屋敷が囲まれております!」
「なに!?」
「ひとりやふたりではありません。かなりの数がいます」
「どういうことだ!?」
「分かりません!」
この時、幸之助は柚子をさらったのが津守であることはバレていないとまだ思っていた。
それを知る梓も、浩介も、暗示をかけている。
だから花嫁の失踪に津守が関わっていると鬼龍院が知るはずがないと。
ただひとつ、可能性があるとしたら……。
「まさか、あの使役獣……? いや、そんなはずは……」
政治家の男かとも思ったが、そちらはへまをしないように津守の陰陽師に見張らせていた。なにかあれば報告が入ってくることになっているが未だにそれはない。
だから、考えられたのは使役獣だが……。
複数人の陰陽師の力によって形をなくす直前まで弱らせた使役獣だった。
すぐに消えて、鬼龍院の家まで保つことはないと考えていたのだが、それは幸之助の早計だった。
まろとみるくの助けで無事に玲夜のところまで辿り着いたふたりにより、すべての経緯は玲夜に伝わっていたのだった。
だが、あの状態の子鬼たちが戻っているとは信じられなかった幸之助は、慌てて立ち上がり、屋敷の門を開けて外に顔を出す。
そこには確かに、険しい顔でこちらをうかがっているたくさんの鬼がいた。
見た目だけで鬼であるか他のあやかしであるかの判別は普通の人間にはできないが、津守は陰陽師の一族。見れば、その強大な霊力を感じることができる。
これほどの霊力を持ったあやかしは鬼ぐらいなもの。だから、幸之助を呼びに来た陰陽師も鬼だと分かったのだろうが、問題はここにいる理由だ。
バレているはずがない。そう自分に言い聞かせている幸之助は、強気に発言する。
「どういうつもりだ、鬼たち。なにゆえ我が屋敷を取り囲む!」
「……花嫁様を返せ。玲夜様は今回のことをたいそうお怒りだ」
ひとりの鬼が鋭い眼差しで告げた。
バレている。心臓が嫌な鼓動をしたが、まだ幸之助は足掻くつもりだった。
「花嫁? そんなものは知らん! とっとと去れ!」
そう言って幸之助は固く門戸を閉ざした。
「決して鬼を中に入れるな!」
そう陰陽師たちに命じてから、幸之助は舌打ちをする。
こんなことになるとは。
少しの好奇心。それが幸之助の足をすくおうとしている。
ただ、玲夜の悔しがる顔が見たかっただけなのだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
だというのに、このままでは津守の跡取りとしての立場まで危うくなる。
なにか対策を取らなければならない。
あの玲夜が乗り込んでくる前に。
「あの花嫁をどうにかするしかないか」
幸之助の目が危うく変わる。