梓を追いかけてきた蛇塚は、自身の花嫁が玲夜に身を寄せているのを見て、嫉妬半分、玲夜への恐れ半分で、梓を玲夜から引き剥がすべく梓の腕を引っ張る。
しかしその手は振り払われた。
「触らないで!」
「梓!」
「玲夜様、助けて。早くここから私を連れ出してください!」
うっとりと見つめる梓のうつろな目。
必死に玲夜に縋り付く梓の手を、玲夜は乱暴に振り払った。
「きゃ!」
手加減はされたものの、梓は転がるように倒れてしまう。
玲夜の顔は不快感でいっぱいになっていた。
「玲夜様」
「馴れ馴れしく俺の名を呼ぶな」
凍えるような冷たい声が梓を寄せ付けまいとする。
敵意の籠もった眼差しで見られて梓はショックを受けた顔をした。
「そんな、玲夜様……」
玲夜が、浴衣を着た梓の胸倉を掴み上げると、先ほどまでの熱に浮かされたような目は怯えに変わる。
蛇塚が「鬼龍院様!」と梓を心配し助けに入ろうとしたが、高道に止められている。
息苦しいのか顔を歪める梓を見ても、玲夜は表情を変えることなく冷たい目が梓を射抜く。
「きさま、なんのために津守に手を貸した?」
「津守? ……誰ですか?」
「津守幸之助だ。陰陽師の一族の」
「ですから、誰ですか? 陰陽師?」
「…………」
子鬼を通して梓が津守に協力していたのを見たのだ。けれど梓は津守のこと自体分かっていない様子。嘘をついているようにも見えなかった。
じっと梓の目を見ると、熱の籠もった中にあるうつろさ。わずかに残る暗示の痕跡を見つけ、玲夜は舌打ちをした。
「陰陽師の術か」
梓からは何も聞き出せないと思った玲夜は、次の瞬間には梓から興味をなくし手を離した。
ドサリと落ちる畳に倒れる梓を一瞥し、今度は蛇塚に視線を向ける。
蛇に睨まれた蛙のようになった蛇塚に、己の花嫁がしでかしたことの重大さを教える。
「柚子が連れ去られた」
目を大きく見開いた蛇塚。
梓のことで色々と相談に乗ったり慰めてくれたりしてくれていた柚子には、親しみを持つようになっていた。
その柚子が連れ去られたという情報は蛇塚にも衝撃だった。
けれど、次にそれ以上の衝撃受ける。
「その誘拐に加担したのが、そこにいる女だ」
「えっ……。梓が?」
信じられないといった表情の蛇塚は、梓の肩を掴む。
「本当なのか、梓!?」
「私に触らないで!」
「そんなことを聞いているんじゃない! 答えるんだ。柚子をどうしたんだ!?」
「柚子……? 柚子……。そう、柚子」
うつろだった目に怒りが宿る。
「あの女。玲夜様の花嫁だなんて言っていた。そんなはずないのに。あんな子じゃ玲夜様には釣り合わないのに。だから排除しようとしたの。そうしたら玲夜様が迎えに来てくれるってあの人が……。あの人? 誰だったかしら」
「梓?」
梓の様子の異変に蛇塚もようやく気が付いたようだ。
「どうしたんだ、梓?」
「暗示をかけられている。恐らく津守だろう」
「どうやら彼女は玲夜様へ好意を抱いている様子。そこを突かれましたか」
「くだらない。そんなことのために柚子を害するなど」
玲夜と高道のその言葉に、はっとした蛇塚は玲夜を見上げた。
「津守というと陰陽師の? なぜ陰陽師が鬼龍院様の花嫁を。そんなことをすれば、あやかしと人間の関係が大変なことになるのに」
「その通りだ。だが、それでもなお津守は柚子を連れ去った。協力したこの女に聞けば理由が分かるかと思ったが、無駄足だったようだ」
「梓の暗示は解けるんですか?」
蛇塚はこれだけ梓にひどい態度を受けていても、梓が心配らしい。
「陰陽師の術だ。さすがの俺でも専門外だ」
「そんな……」
絶望の色に染まる蛇塚の前で、玲夜のスマホが鳴る。見ると父親からだった。
『ヤッホー、玲夜君』
「どうですか?」
『うーん、どうも津守幸之助の独断っぽいんだよねー。あと、なんとかって政治家も関わっているみたいで、さっき僕のところに脅迫電話かけてきたよ。ほんと、命知らずだよねー。馬鹿なのかな? とりあえずそっちは泳がせているけど』
「津守の当主と話は?」
『話は通したよ。当主は知らなかったみたいで大慌てって感じ。許可も取ったし好きなだけ暴れておいで。今回は特別に後始末も僕がしてあげるから。政治家の方も僕が再起不能にしくよ。だからちゃんと柚子ちゃんを取り戻してくるんだよ~』
「ありがとうございます」
そうして電話を切った玲夜は高道に視線を向ける。その紅い目はひどく獰猛に光っていた。
「許可は出た。乗り込むぞ」
「はい」
去り際、玲夜は蛇塚に声をかける。
「津守を捕らえたら、連絡する。暗示を解く方法は自分で聞け」
「よ、よろしくお願いいたします!」
蛇塚は、去って行く玲夜の背中に向けて深く頭を下げる。
「玲夜様? どうして置いていくの? 私も連れて行ってください!」
梓の叫ぶような声が聞こえたが、玲夜の頭の中はすでに柚子一色だった。
「柚子、すぐに迎えに行く」
玲夜の指揮で鬼の一族が動く。