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一方その頃、玲夜のもとには桜子が訪れており、畳に手をついて頭を下げていた。
「まことに申し訳ございません。私がいながら柚子様をさらわれてしまうとは。私の失態です」
桜子は大学での柚子を玲夜より一任されていた。頻繁に柚子の様子を見に行ったりしていたのだが、柚子がいなくなった時、桜子はまだ講義中で気付くのが遅れた。
いち早く柚子が消えたことを気付いたのは桜子だった。いつものように様子を見に、出席しているはずの講義に顔を出したところ柚子の姿がなかった。
透子は柚子が講義に来ていないことを分かっていたが、その内来るだろうと最初はそこまで大事に考えていなかった。けれど、桜子の焦りを滲ませた様子から不安になり電話を掛けたが、柚子が電話に出ることはなかった。
桜子の方は柚子がまだ講義に来ていないと知ると、すぐに大学内にいる一族を招集して捜索に当たらせたが、その頃には大学内に柚子の痕跡は消えていた。
子鬼の姿も見えないことから柚子と一緒にいるだろうと少し安堵していたのだが、屋敷に帰ってきたのは霊力を消耗し消えかけた子鬼たちだけ。
桜子は、自分の考えの浅さに自分を叩きたくなった。
玲夜は柚子には甘いが他人にはめっぽう厳しい。処罰は覚悟の上だった。
だが……。
「終わったことを言っても仕方がない。それに桜子は講義中だったのだろう? 四六時中張り付いているわけにもいかないことは分かっている。それを考慮して、子鬼がいれば大丈夫だと安心していた俺の失態だ。子鬼がやられたのは想定外だった」
叱るどころか桜子を慰めるような言葉を掛けた玲夜に桜子は驚く。
以前の玲夜だったら、昔からの顔見知りである桜子に対してであっても気遣うなどとは考えもしなかっただろう。
桜子は、まるで母が子を見るような優しい眼差しを向けた。
「お優しくなられましたね。以前の玲夜様だったら、他人の心を気遣ったりなさらなかったでしょうに」
桜子は褒めたつもりだったが、玲夜はあまり嬉しそうではない。
「俺は変わったつもりはない。だが、そうだとしたら柚子が俺を変えたんだろう」
「そうですね。帰られたら柚子様にお礼を申し上げなければなりません。主君の成長を促して下さった花嫁様には。……必ず取り戻しましょう」
「ああ。桜子にも手伝ってもらうぞ」
「かしこまりました」
再び桜子は頭を下げた。
そして子鬼の記憶で見た、最後に柚子といた梓という者が蛇塚の花嫁だと知った玲夜は、蛇塚に接触を図った。
突然の玲夜の来訪に蛇塚家は動揺を隠せず狼狽していた。
まあ、突然鬼の次期当主が前触れもなくやって来たらそうなるのは仕方ない。
「蛇塚家の梓という花嫁に会いたい」
対応したのは蛇塚の当主。柚子の知る蛇塚柊斗の父親だったが、梓のことを問うた玲夜に蛇塚の当主は顔を強張らせる。
「息子の花嫁にどういったご用がおありで?」
「少し話を聞きたいことがある。花嫁はどこだ?」
「家の中におります。おりますが……」
当主はなんだかはっきりとしない。一刻も早く柚子を取り返したい玲夜は苛立つ。
「なんだ。会わせられない問題でもあるのか?」
「い、いえ、とんでもございません! ですが、なにかあったのでしょうか? 梓は確かに中におりますが、息子によりますと突然大学内から消えた後、少し前に当家の前に倒れているのを家の者が発見した次第でして」
玲夜は眉根を寄せる。
「話がしたい。できるか?」
「しょ、少々お待ちください。今は息子が様子を見ておりますが、目覚めたか確認して参ります」
そう言うと、当主は慌ただしく走って屋敷の奥へと行ってしまった。玲夜を玄関先に立たせたまま。
よほど動揺していたようだ。客人を中に案内もせずに行ってしまったのだから。
しかし、そのことに気付いた家の者が急いで玲夜を客間へと案内した。
和室に通されお茶を用意されたが、玲夜に飲む様子はない。
ただ無言で静かに目を瞑っていた。
今にも溢れ出る怒りを抑えるかのように。
同行していた高道は、へたに刺激しないようにと息を潜め気配を消していた。
しばらく待った後、慌ただしく廊下を駆ける複数人の足音がして、玲夜は目を開ける。
足音はだんだん近付いてきて、玲夜のいる部屋の前で止まった。
直後、勢いよく障子が開かれる。
そこには頬を紅潮させた梓の姿があり、梓とは初対面の玲夜はその礼儀のなさに眉根を寄せた。
実際はパーティーで梓の顔を見ていたはずなのだが、柚子以外には急に関心が薄くなる玲夜は覚えていなかった。
けれど、梓は玲夜を目にして、目を輝かせた。
「玲夜様、来てくれたんですね。嬉しい! ずっと待っていたんです。来てくれると思っていました」
意味の分からない玲夜の顔はさらに険しくなるが、梓はそんなことはお構いなしに玲夜の横に座ると、しなだれかかるように玲夜に身を寄せた。
これにビビったのは蛇塚だ。