「それで、花嫁はどこに?」
「地下の座敷牢に入れていますよ」
「そうかそうか、それは重畳」
「それで、先生はこの後どうされるのです?」
「鬼龍院ともう一度接触して私の頼みを叶えさせる。大事な花嫁の身を人質にすれば、私の言いなりだ」
がはははっと下品に笑う政治家の男から目をそらし、幸之助は考える。
「先生の用事が終わったら花嫁はこちらの好きにしても?」
「好きにしたらいい。ただし、鬼龍院に返さないでくれよ。返してしまったら言うことを聞かなくなってしまうからな。鬼龍院には、花嫁が手の内にあるように思わさなければ」
「分かっていますよ。あの花嫁は別のところに送るつもりです。鬼龍院に敵対する家に引き渡すことになっていますので」
「はははっ、花嫁を返してもらえると思って言いなりになるあの小僧の顔を見たら、笑いが止まらないかもしれないな」
「あの男が花嫁と会うことは二度とありませんよ」
そう、二度とない。
子鬼が玲夜のところまで戻ったことを知らない幸之助は、柚子の失踪に津守が関わっていると玲夜に知られたとは思っていなかった。
花嫁を連れ去られた玲夜の顔を楽しんだ後は、梓にも使った香炉でこの男にも暗示をかけ、政治家のこの男が花嫁を奪ったことにして自分は逃れるつもりだった。
花嫁もどこかの家にやってしまえば、幸之助は関係なくなる。
梓にも最後の暗示で幸之助や津守のことは忘れるようにしたので、梓から幸之助の存在がバレることはない。
幸之助はただ外から高みの見物をするだけ。
そんな幸之助の思惑を知らない政治家の男は、玲夜の顔を想像して笑みを浮かべていた。
すると、バンッと大きな音を立てて戸が開けられる。
そこに立っていたのは、愛人の子である浩介。
一応津守の血を引いているからとここに置いているが、幸之助は浩介のことを弟だとは思ってはいなかった。
都合のいい駒。その程度の認識だ。
「なんの用だ、浩介。客人の前だぞ」
眉をひそめる幸之助に対して、浩介は怒りを押し殺したような怖い顔をしている。
「柚子を他の家に引き渡すってどういうことだ!?」
「聞いていた通りだ。あの花嫁は津守が力のある家との繋がりを持つための贄になってもらう。鬼龍院に恨み辛みがある家は少なくないからな」
「そんなことをしたら、柚子はどうなる!?」
「さあな。鬼龍院の恨みをその身に受けることになるだろうさ」
「話が違うだろ!!」
浩介が怒鳴る。
「柚子をあの化け物から救い出すためで、柚子には傷ひとつつけないという約束だったろ! 鬼龍院との話が終わったらちゃんと祖父母の家に返すって!」
今にも掴みかかりそうな勢いで詰め寄る浩介を、幸之助は迷惑そうに目を向ける。
「そんな話を信じたのか? だからお前は未だに半人前なんだ」
「なっ!」
「せっかく捕まえた鬼龍院の弱みを簡単に手放す馬鹿がいるか。あの娘には最後まで役に立ってもらわなければな」
ぐっと唇を噛み締め顔を歪めた浩介は、突然背を向けた。
「どこへ行く?」
「柚子を座敷牢から出す。それで、家に返すんだ」
それを聞いて、幸之助は深く溜息をつく。
「お前は津守としての自覚が足りないな」
「柚子を傷つけるだけの津守なんてこっちから願い下げだ!!」
「甘い甘いとは思っていたが、ここまでひどいとは」
幸之助は着物の袖から香炉を出すと、浩介の前に差し出し匂いを嗅がせた。
甘い匂いが部屋に広がる。
「眠れ」
たった一言。そう言った瞬間、浩介の体の力が抜け、その場に崩れ落ちた。
「誰かいないか!?」
幸之助が呼ぶと、すぐに人がやって来た。
「お呼びでしょうか?」
「浩介を連れて行け。反逆者だ。ことが終わるまで離れにでも閉じこめて監視しておけ」
「かしこまりました」
倒れている浩介が連れて行かれた後に残ったのは、歪んだ笑みを浮かべた幸之助だった。
「見ていろ、鬼龍院。その顔が歪むのが楽しみだ」