その日はバイトがなかったので、そのまま屋敷に帰り、担任から渡されたパンフレットを見ながらネットで大学を検索して、情報を仕入れながら玲夜の帰りを待った。
「ここは公立だから入学金も授業料も他より安い……けど、教育内容はあんまり興味を引かれないなぁ。こっちの大学の講義は気になるけど、私立で高い。まあ、かくりよ学園ほどじゃないか……。けどなぁ、うーん」
調べながら唸っていると、不意に声が掛けられた。
「なにをぶつぶつ言っているんだ?」
突然の声にびっくりして、体が震える。
振り返ると、いつの間にか帰ってきていた玲夜がすぐ後ろに立っていた。
「あ……玲夜、おかえりなさい」
「ああ。今帰った」
スーツの上着を脱いでソファーの上に投げると、玲夜は柚子を後ろから抱きしめるように座った。
今日も今日とて麗しい容姿をした玲夜に、こうして抱きしめられると未だにドキドキしてしまう。
吸い込まれそうな紅い目と漆黒の髪は、玲夜の人間離れした美しい顔を際立たせている。
玲夜は最強のあやかしである鬼であり、あやかし界のトップに立つ鬼龍院の次期当主である。それだけにとどまらず、人間の世界でも鬼龍院は政経界において強い発言力を持っている鬼龍院グループの社長もしているのだ。
そんな鬼龍院の次期当主の花嫁が自分だなどと、未だに柚子は夢ではないかと思う時がある。
当然の流れのように頬へキスをする玲夜に、柚子は恥ずかしそうに頬を染める。
そんな未だに初々しい反応をする柚子に玲夜は小さく笑む。
「なにを調べていたんだ?」
後ろから柚子の見ていたパソコンの画面を見た玲夜は、次にテーブルの上に置いていた大学のパンフレットと共にあった進路希望の用紙を手に取り目を通す。
「見事に遠いところばかりだな」
「うん。早くあの家を出たくて決めたところだから。でも、今はそんな必要ないでしょう?」
こんな聞き方ができるのは、玲夜が自分を好きでいてくれていると信じているから。
少し前の柚子には考えられなかったことだ。
顔だけ後ろに向けて玲夜に問うと、唇を塞がれる。
「当たり前だ。行きたいと言われても、こればかりはどんなに柚子がねだったところで許すことはない」
「うん。だから、早くどこの大学行くか希望出さなきゃいけないの。でも、これまでは家から出たいとか、その後の就職のしやすさとかを第一に考えて選んでいたから、どう選んだらいいか分からなくて」
「柚子の学びたいことを選べばいい」
「それが難しいんだよ。学びたいことより、どう生きていくかの方が大事だったから、なにを学びたいか考えたことなくて」
そう。これまで優先してきたのは、ひとりで生きていくこと。大学に行くのもそのための手段だった。
今さら好きなことをしたらいいと言われても逆に悩む。
家を出たいという願いを失った今の柚子には、目的も目標もなかった。
それまで強固に持っていた目標がなくなったことで、まるで突然迷子になってしまったような心もとなさを感じる。
玲夜はそんな柚子の表情を見て不安定な心に気付いたのか、こめかみに優しいキスをして、より柚子を抱きしめる手に力を入れた。
「どの大学も決定打に欠けるなら、かくりよ学園にしたらどうだ?」
「それ透子にも言われた。あやかしや花嫁の多くはかくりよ学園に通っているって。透子とにゃん吉君も大学はそこに行くらしいけど、玲夜もそこに通ってたの?」
「ああ。俺も卒業生だ。あやかしはだいたい入るな。割合はあやかしが人間より多い。そもそも、かくりよ学園はあやかしに人間の中で暮らせるように教えるために作られた学校だから当然だが」
「そうなんだ」
「昔はもっとあやかしの割合が多かったが、最近ではだいぶ人間が入ってくるようになったようだな。だが、まあ、そのため今の学園は多くなった人間への配慮もされているから、柚子が入っても困ることはないはずだ。それに今なら桜子が大学部に通っている」
「へえ、桜子さんは大学生なんだ」
元玲夜の婚約者で、才色兼備と聞く鬼山桜子。
柚子が出会った女性の中で一番綺麗だと思った人だ。
あやかしは年齢が分かりづらく、桜子は大人っぽいので大学生とは思わなかった。
思ったより自分と年齢が近いことを知った。
だが、まあ、少し前に問題となった、玲夜と高道を主人公にした過激な漫画は、漫画同好会なるところで作られたらしいので、そう考えると学生であることが分かる。