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津守幸之助は、陰陽師の一族に産まれた嫡男だった。
産まれながらに強い霊力を持っており、将来を期待されて育てられた。
なにをするにも優秀で、麒麟児だと大人たちからもてはやされて育った幸之助には、いつしか慢心が産まれていた。
けれど、そんな幸之助の矜持をズタズタにする人物が現れた。
それが、かくりよ学園に入学して出会った鬼龍院玲夜。鬼の一族の次期当主。
あやかしに見慣れた幸之助からしても美しいと感じるその容姿と、子供らしからぬ圧倒的な存在感。
それまで同年代では常に一番だった幸之助のさらに上をいく玲夜の存在は、幸之助に羨望と同時に嫉妬心を植え付けた。
成績も、人望も、なにをしたって敵わない玲夜を幸之助が意識するのは当然の流れだった。
次は玲夜よりいい成績を取るべく励んだが、玲夜は涼しい顔をしていつも幸之助の上にいた。
そこでお互いに切磋琢磨しあえる関係を作れたらよかったのかもしれない。けれど、玲夜はなにに対しても関心が低かった。
人にも物にも執着を見せない子供らしくない子供。同年代の子達から遊びに誘われても無視を決め込み人を寄せ付けない空気を出していた。声を掛けた子の中には幸之助もいたが、黙殺されてしまった。子供なのにひどく冷めていて、幸之助の玲夜への印象はよくなかった。
なにより幸之助の矜持を傷付けたのは、玲夜が幸之助のことなど歯牙にもかけなかったことだ。
成績では常に玲夜の次。
幸之助はこれ以上ないほど玲夜に関心を向けていた。
それは興味や憧れを超えて、憎々しさすら感じるほどの対抗心を持っていた。
けれど、そう意識していたのは幸之助の方だけ。
玲夜が幸之助に目を向けることはなく、それがより幸之助に対抗心を燃やさせた。
しかし、結局玲夜に欠片の興味も抱かれぬまま、卒業してからはパーティーなどで顔を見るくらいで、言葉を交わすことはなかった。
それから数年経って、玲夜に花嫁が見つかり、それは大事にしていると話に聞いた。
最初はそんな馬鹿なと鼻で笑ったほどだ。あの玲夜が誰かに興味や関心を向けるなどありはしないと。
学生時代もその後も、どんな女性に秋波を送られても、微塵も表情が動かなかった男に大事な女性ができるのが想像できなかった。
けれど、気になった幸之助は、その花嫁のことを徹底的に調べた。
そこで、偶然に異母兄弟の浩介と幼馴染みであることを知り、浩介を送り込んだ。
なんてことのない、どこにでもいる少女。
けれど、その花嫁に向ける玲夜の笑顔は幸之助が初めて見たもので、そんな顔ができたのかと驚いた。
なにに対しても無関心な、幸之助の知る玲夜はそこにいなかった。
それがなぜか無性に苛立った。
そんなある日、その話を持ちかけてきたのは、とある政治家だった。
汚職問題で、無様にもパーティーで鬼龍院に縋り付いていた政治家。
けれど、玲夜には一蹴されてしまい、ない知恵を振り絞った末に考え出したのが、玲夜の花嫁を使って脅すというものだった。
鬼相手に真っ向から敵対行為を行うなど自殺志願者かと疑ったが、本人はいたって真剣そのもの。
この政治家も終わったなと幸之助は思う。
沈む船に乗り続けるつもりはなく、ここいらがこの政治家と縁を切る頃合いかと考えた。
しかし、その時、幸之助に悪魔が囁いた。
花嫁を奪ったら、あの玲夜はどんな顔をするだろうかと。
あの澄ました顔が慌てふためき、悔しげに歪むのを見てみたい。
歪んだ好奇心が溢れ出す。
偶然に見つけた梓を使い、無事に柚子を奪うことに成功した幸之助は笑いが抑えきれなかった。
鬼龍院の花嫁を手に入れたという報告を受けてやって来た政治家の男は始終機嫌がよさそうだ。
「はははっ、やはり津守君に頼んでよかったよ」
醜悪な笑い声を上げる政治家の男のことなどどうでもよかったが、本人は気付いていないので問題はないのだろう。
「これで、これで鬼龍院の力を手に入れられるぞ! 私はこんなところで終わる男ではないんだ!」
過去の栄光に縋る男のなんと醜いことか。
だが、玲夜の歪んだ顔が見たいがためにこんなことをしでかした自分も大概だなと幸之助は思い直す。