しばらくすると、黒と茶の猫が走って来るのが見えた。

 柚子の飼っている猫だと気付いた玲夜は一瞬期待が外れたような顔をしたが、その口に咥えられている子鬼の姿を見つけて目を見張った。


「玲夜様、あれは」


 高道も予想外のことに驚いているようだ。


「ああ、柚子の猫だ。子鬼を連れている。やはりあの猫は……。いや、今はそんなことを言っている場合ではないな」


 なにを言おうとしたか高道には分からなかったが、今重要なのは子鬼だと、問うことはなかった。
 玲夜の所までやってきた二匹の猫は、玲夜の足下に子鬼を降ろす。

 玲夜が子鬼を見ると、子鬼たちは今にも消えそうなほど、その存在が薄くなっていた。
 もともと子鬼は玲夜の霊力で作られた存在だ。
 内包している霊力がなくなれば、その存在は消えてなくなる。
 子鬼たちはその一歩手前だった。
 子鬼たちにこれほどの深手を負わせられた存在に警戒心が湧く。
 まずはぐったりとした子鬼たちを助けるべく霊力を注ぎ込む。少しすると、消えかかっていた体がしっかりと存在を形どる。


「あーい!」

「あいあい!」


 元気になった子鬼たちは立ち上がると、必死になにかを玲夜に訴えている。
 玲夜は子鬼の頭に手を乗せた。
 そうすると、子鬼たちがこれまでに見ていた光景が玲夜に流れ込む。
 梓という人間に誘い出された柚子。
 どこかの屋敷に連れていかれ、狩衣の者たちに囲まれ怯えている柚子。
 子鬼たちがやられて泣いている柚子。
 それらが頭の中に流れてくる度に、言いようのない怒りが湧いてきた。


「津守……っ」


 玲夜の顔は高道が声をかけるのもはばかられるほどに怒りに燃えており、発せられた低い声が地を震わせるかのようだった。


「高道」

「はい!」

「すぐに一族を集めろ」

「柚子様の居場所が分かったのですか?」

「柚子は津守の屋敷にいる」

「津守というと、陰陽師のあの一族ですね」

「そうだ。なにを思ってか知らないが、俺に喧嘩を売るらしい。よりにもよって柚子を誘拐するとは、よほど俺を怒らせたいようだ。ならば希望に沿ってやる」


 玲夜の顔に冷酷な笑みが浮かぶ。


「なるほど、陰陽師ですか。子鬼たちがやられてしまったのも仕方がありませんね」

「そうだな」


 子鬼にはそこらのあやかしでも追い払えるだけの霊力を込めて玲夜が作った。
 普通ならば柚子の護衛をするには十分すぎるほどの力を持っている。
 だが、相手が陰陽師であると話は変わってくる。
 あやかしを祓うことを生業としている一族が相手だと、さすがに子鬼だけでは荷が重かったようだ。


「それにしても、柚子様の猫がどうして……?」

「それに関しては今はいい」


 玲夜はちょこんと座っているまろとみるくの前にしゃがむと、それぞれの頭を優しく撫でた。


「お手柄だった」

「アオーン」

「ミャーン」


 玲夜の言葉がまるで分かっているかのように二匹は鳴いた。そして、何事もなかったかのように屋敷の中へ入っていった。
 それを見てから、玲夜は父親と話すべくスマホを手にした。


 陰陽師とあやかしは、その昔は狩る側と狩られる側。
 あやかしが人間社会に現れるようになってからは、表面上は友好的に接しているが、陰陽師とあやかしの関係はとても危ういものなのだ。
 細い糸でかろうじて繋がった関係。
 それを津守から一方的に切ろうとしている。

 幸之助の独断かは分からないが、玲夜の判断だけで津守の屋敷に殴り込みに行くわけにはいかなかった。
 へたをすれば、あやかしと陰陽師、ひいては人間との関係が悪化しかねない。
 これには、あやかしのトップである千夜の手助けが必要だ。


「柚子の居場所が分かりました。手を貸してください」


 柚子を奪還すべく、細心の注意を払いながら玲夜は動き始めた。