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 自社の社長室にて次から次へと持ち込まれる仕事をさばいていた玲夜は、ふと時計に目を向ける。

 そろそろ柚子がバイトをしにここへ来る頃だろうか。そんなことを思っていた。

 ここ最近の柚子ときたら、飼い始めた猫たちにかまうことが多くなり、玲夜は猫を飼う許可を出したことを少し後悔していた。
 柚子にしか懐いていないというのも気に食わない。
 猫にまで嫉妬するとは、あやかしの本能は本当にどうしようもない。

 とは言え、柚子が嬉しそうにしている顔を見るとそれだけで玲夜も嬉しくなる。
 今はきっと飼い始めたところで柚子もテンションが上がっているのだろう。
少しすれば柚子も落ち着くはず。
 なので、しばらくは大目に見るが、屋敷の使用人には早急に猫に馴れてもらい、柚子以外でも食事を食べさせられるようになってもらわなければならない。
 柚子を独占するのは自分だけでいいのだ。

 そんなことを考えながら仕事を再開させた玲夜のいる社長室に、高道がノックもなく駆け込んでくる。
 いつも冷静沈着な高道にはあり得ないことだ。


「なにがあった?」


 高道がこれほどに慌てるのは滅多にない。よほどのことがあったのだろうと思われる。


「柚子様の行方が分からなくなりました」


 それを聞いた瞬間、玲夜の眼差しが鋭くなる。


「どういうことだ?」

「桜子がいらっしゃらないことに気付いて友人の透子様に確認をしたところ、柚子様は昼食後少し用事を済ませてくると言ったまま戻られなかったようです。電話をかけるも繋がらず、屋敷に連絡しても帰っていないということで、心配して私のところに電話してきました。すぐに大学内にいる鬼の一族に捜させましたが、かくりよ学園内に柚子様の気配は感じられないと桜子から返答がありました」


 柚子は普段から強い鬼の気配をまとっている。
 それは玲夜がつけた所有印のようなものだったが、それのおかげで柚子にちょっかいをかけるあやかしはいない。

 それと共に鬼の一族が気配をたどって柚子を捜しやすくする効果もあった。
 しかし、そんな強い気配をまとった柚子を桜子たちが捜せなかった。
 かくりよ学園程度の広さならば絶対に見つけられるほどの強い鬼の気配を持っているはずなのにだ。

 と、すると、柚子はかくりよ学園内にいない可能性が高い。

 咄嗟に玲夜は子鬼の現在位置を確認しようとするが、子鬼たちとの繋がりが希薄になっているのに気が付く。
 考えられるのは子鬼がなんらかの理由で消えかかっているということ。
 それと同時に、わずかに残った繋がりから、子鬼たちが移動しているということが分かった。
 方角は屋敷。
 玲夜は、立ち上がると急いで屋敷へと向かった。


 帰ってきた屋敷では、使用人頭の道空を筆頭にして玲夜を出迎える。
 いつもより出迎える人数が少ないのは、柚子の捜索に人手を割いているからだ。


「玲夜様、花嫁様が……」

「まだ見つからないのか?」

「申し訳ございません」


 玲夜はあの後、父親の千夜にも連絡して協力を求め、少なくない数の鬼を柚子の捜索に出していた。
 しかし、それだけの鬼を動員しても未だに柚子の痕跡すら見つからないというのはおかしい。

 鬼の気配は強い。どうしたって跡が残るはずなのだ。

 玲夜は念のため屋敷に戻る前に、最後に柚子の姿が確認されたかくりよ学園へ行ってきたが、職員の駐車場で気配が消えていた。それも、なにかによって消されたかのように綺麗に。
 こんなことができるのは……。

 複数の候補者が頭に浮かんだが、特定はできない。
 子鬼は連れていったようだが、柚子が見つからない以上、安心はできない。


「玲夜様、とりあえず屋敷の中へお入りになって下さい」


 道空がそう勧めるが、玲夜はそこから動かない。


「いや、ここで待つ」


 そう言って、玲夜は玄関の前でそれを待っていた。