翌日、手紙で梓に指定された場所へ、柚子ひとりでやって来た。
透子に話そうかと思ったが、警戒心を解いてくれるかもしれないこの機会を逃したくなくて、透子にも黙って来たのだ。
やって来たのは大学内の駐車場。
かくりよ学園は敷地が広いため、何カ所か駐車場があるのだが、柚子が来たのは職員用の駐車場だ。
職員用であるため、学生の姿もなく、職員もこの時間は仕事中なのでここには誰もいない。
ふたりだけのこの場で、梓からの言葉を待ったが、いっこうに話をしようとはしなかった。
「あの、梓ちゃん?」
柚子が声をかけても反応しない梓に困惑していると、そこに一台の車がやって来た。
すると梓は、柚子たちの前に止まった車の後部座席の扉を開け、柚子の背を押した。
「乗って下さい」
「えっ、でも、どこに行くの?」
「もっと落ち着いたところで話したいんです」
「けど……」
花嫁が勝手に外に出るのはよくないのではと、柚子はためらったが。
「あいつのことについても相談したいんです。けど、大学の中だと誰に聞かれているか分からないから話しづらくて。だから外のお店で聞いてくれませんか?」
梓から積極的に蛇塚のことを言われると、ふたりの関係をなんとかしたいと思っている柚子には断れなかった。
「うん、分かった。けどその前に透子に連絡していい? 外に出るなら一応言っておかないとだし」
「いいから、早く入って!」
梓は強引に柚子を車内に押し入れた。
「わっ」
扉は後から乗り込んできた梓によって閉められた。
動き出した車内では、嫌な沈黙が続いていた。
透子に連絡しておかなければと、鞄からスマホを取り出したのだが、それを横から梓に取り上げられる。
「あっ! 梓ちゃん、返して」
「連絡はしないで下さい。どこにいるか話したらあいつが迎えに来るかもしれないから。相談に乗ってくれるんですよね?」
「う、うん……」
柚子はなんとも言えない嫌な感じを受けた。
梓の表情は怖いほどに抜け落ちており、生きている者が持つ覇気のようなものを感じない。まるでしゃべる人形のような印象を受けた。
急激に不安を感じ始める。
「どこに行くの?」
「…………」
梓からの返事はない。
しばらくして車が止まったのは、お店ではなく、武家屋敷のような大きな家だった。
屋敷の門前で車から梓が降りたので、柚子も後に続く。
我が物顔で中に入っていく梓に一瞬ためらったが、意を決してついていく。
柚子が中に足を踏み入れた途端に門が閉じられ、どこからともなく複数人の男性が湧くように現れた。
すべての人が、平安時代の人のような狩衣をまとっている。
「梓ちゃん!?」
梓は能面のような顔で柚子を見ていた。
じりじりと間をつめる狩衣の者たちに柚子は囲まれる。
危険だと頭の中で警鐘を鳴らす中、ひとりの男が梓の隣に立った。
「よくやった」
「……これで……これで玲夜様は私のもの?」
抑揚のない言葉を発する梓の目は焦点が合っておらず、柚子の目から見ても異常であった。
「その通りだ」
男は香炉のようなものを手に持っており、その香炉を梓の顔の前に持っていく。柚子のところにも風に乗ってかすかに甘い匂いがしてきた。
「後は好きにしろ」
そう言って男がパチンと指を鳴らした瞬間、梓の体から力が抜けてその場に倒れた。
「梓ちゃん!?」
駆け寄ろうとするが、狩衣の者たちに囲まれている柚子は見ているしかできなかった。
その間に、意識のない梓はここまで柚子たちを連れてきた運転手によって屋敷の外に連れ出されていった。
残ったのは、柚子と香炉を持った男と狩衣の者たち。
梓が心配だったが、どうやら他人の心配をしていられる余裕のある状況ではない。