そんなある日、人間とあやかしの親睦パーティーがあると聞かされ、梓も蛇塚の花嫁として出席することになった。

 もしかしたら玲夜に会えるかもしれないと梓は喜んだが、蛇塚と一緒ということが残念でならない。

 そこで梓は見つけた。
 久しぶりに目にした玲夜の姿を。

 そればかりか、いつも冷たい表情をしていた玲夜が、こちらを向いて笑ったのだ。
 その優しげな笑みに、ずっと抱えていた恋情が表に溢れ出てくる。
 話したことすらないのに自分に向けられたと思った梓は、うっとりと玲夜を見つめる。
 そして、こちらに歩いてくる玲夜にドキドキと胸が高鳴る。
 だが……。

 玲夜は梓になど見向きもせずに通り過ぎ、あろうことか柚子を優しく見つめて肩を抱き寄せたのだ。

 なぜ、なぜ、なぜ。と、梓に疑問が浮かぶ。
 どうして、柚子のところへ行くのか。
 どうして、柚子に触れるのか。
 どうして、そんな甘く優しい笑みを向けるのか。
 梓には分からない。

 そんな梓の耳に入ってきた、周囲の言葉。
 玲夜に花嫁ができたと。
 信じられなかった。
 梓の知る玲夜は誰に対しても冷たく、無関心で、あんな優しい笑みを浮かべるような人ではなかったのに。
 柚子は当然のようにそれを受け入れている。
 花嫁だから。
 それは梓にとって受け入れがたいことだった。

 玲夜が好きだ。
 だが、桜子という手も足も出ない美しい人が婚約者だったからあきらめもついた。
 自分では敵わないから仕方ないんだと。

 けれど、柚子はどこにでもいる普通の子だった。
 玲夜とはまったく釣り合いが取れていない。
 それなのに……。
 自分の方がずっと前から玲夜を好きだったのに、当然のように柚子が隣にいる。


「どうして……」


 同じ花嫁だというのに、柚子と自分のなにが違うのか。
 どうして玲夜に選ばれたのは自分じゃなかったのか。
 梓は唇を噛み締めた。


 翌日、梓は講義を終えるとそのまま柚子の席に向かい自分から柚子に声を掛けた。


「あなたは玲夜様の花嫁なの?」


 これまで話すことのなかった梓から話しかけたことに柚子は驚いた顔をしたが、梓の問いにはすぐに答えた。


「うん」


 当然のように返ってきた肯定の言葉。


「どうして……?」

「え、どうしてって?」


 柚子は梓の言葉の意図が分からず首を傾げる。


「どうして、あなたなの!?」


 梓の強い言葉。
 大人しく人付き合いを苦手としていたはずの梓は、他人に怒鳴りつけることができるような性格の子ではなかった。
 蛇塚の花嫁になったことがそうさせるのか、玲夜への恋情がそうさせるのか、今の梓を見て大人しい子だと言う者はいないだろう。


「あなたなんかじゃ、玲夜様に相応しくなんかないのに! どうしてあなたみたいな人が、玲夜様の花嫁に選ばれたりなんかしたの!?」


 びっくりして目を丸くする柚子は、驚きすぎて声も出ないようだ。
 その代わりに、隣にいた透子が前に出る。


「ちょっと、いきなり来てなんなのよ。柚子が若様の花嫁だろうと、あんたには関係ないでしょ!!」


 怒鳴り返す透子を、梓はキッと睨む。そして再び柚子に視線を戻す。


「ずるい……。あなただけ、あの人に選ばれてずるいわ!」

「いい加減にしなさいよ! あんたが若様のことをどう思おうがどうでもいいけどね、若様が柚子を花嫁に選んだの! そこにあんたの入る余地はないのよ!!」


 透子だけでなく、柚子のそばにいた子鬼まで目をつり上げて梓を見ている。
 そう、最初に言っていた。柚子の相手が柚子のために作ったという子鬼。それを作ったのは玲夜だということに今気が付いた。


 梓はグッと歯を食いしばると、その場を走って逃げ出した。
 柚子は守られている。
 友人に子鬼に、そして玲夜に。

 それなのに自分を守ってくれる者は誰もいない。

 ただの逆恨みだ。
 だが、納得できなかった。
 柚子が、玲夜の花嫁ということが。
 玲夜に選ばれたのが自分ではなく柚子だということが。

 こんなに好きなのに、玲夜はきっと自分の存在すら知らないのだろう。
 そう思うと、悲しさと同時に虚しさを感じる。
 人のいないところまでやってくると、我慢していた涙がポロポロと流れ落ちる。


「どうして、私じゃないの? どうして、どうして……」


 何度も繰り返す、誰に向けてか分からない問いかけは尽きることはない。
 その時……。


「あの男が欲しいか? 鬼龍院玲夜が」


 はっと振り返ると、そこにはいつの間にか男性が立っていた。
 人のよさそうな笑みを浮かべるその男は、梓に甘い毒を与える。


「手を貸そう。君が鬼龍院を手にできるように」

「あなた誰?」

「津守幸之助だ。鬼龍院とは同級生だった」

「そんな人がどうして私に?」

「なに、君の境遇を憐れに思ったのと、利害が一致しそうだったからだ。鬼龍院が欲しいのだろう?」

「……そんなこと不可能よ」

「まあ、そう言うならそれで構わないがね」


 きびすを返す津守。背を向けて歩き出した津守を見て、梓は反射的に声を発していた。


「待って!」


 足を止めて振り返った津守に、梓はおずおずと問いかける。


「本当に、玲夜様の花嫁になれるの?」

「さあ、どうかな? けれど、なにもしなければこのままだ」


 梓は悪魔の声に耳を傾けてしまった。
 先ほどから甘い匂いがしていたことに、梓は気が付かなかった。