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 柚子を透子に任せた玲夜は、高道を連れて挨拶回りに勤しんでいた。
 正直言うと、あまりこういう場は好きではない。

 面倒臭いというのもあるが、玲夜に寄ってくるのは鬼龍院というネームバリューに惹かれた強欲な者たちばかりだ。
 そうでない者も中にはいるのだが、そういう者はわざわざ自分から近づいてはこないので、欲深い自己主張の激しい者たちの勢いに負けてしまう。
 できれば、玲夜はそういう者たちとこそ話をしたい。その方が有益な会話ができそうなのにと、年下の玲夜相手に媚びへつらう者たちに冷めた眼差しを向けた。


 そんな玲夜は現在、とある政治家からしつこく支援を求められていた。
 汚職問題で揺れる地位の上にいる、名ばかりの腐った政治家。次の当選はないだろうと言われており、そのため鬼龍院の力を欲しているのだ。


「お願いいたします、鬼龍院様。どうか、どうにか私に力をお貸しいただきたい!」

「申し訳ないが、鬼龍院が手を貸すことはない」


 オブラートに包むことなく切り捨てれば、もう孫でもいそうな年齢の男は絶望の色を浮かべる。


「頼む! 鬼龍院にならばどうにかできるだろう? 私はこんなところで終わる男ではないんだ!! いずれ国のトップに立つべき人間なんだ。きっと後悔はさせない。だから……」


 玲夜の腕を掴んで縋りついてくる男の手を乱暴に振り払う。
 後悔させないとは言うが、とっくに後悔している。こんな男に目を付けられたことに。
 そもそも汚職問題を抱えている者を国のトップなどに立たせるわけにはいかない。それこそ鬼龍院の力を使ってでも阻止するだろう。


「しつこい」


 氷のように冷たい目で睨め付ければ、男はためらいを見せたが、男にはもう後がないのだろう。玲夜のひと睨みだけで追い返すことはできなかった。


「私がこんなに頭を下げているんだぞ!」


 顔を真っ赤にし、逆ギレを起こす男のなんと醜悪なことか。
 確かに鬼龍院ならばこの男が抱える汚職などなかったことにするのは容易い。
 だが、それだけの力を持っているからこそ、鬼龍院はこの男のような者には手を貸さない。

 戦後、政界にも強力な発言力を持つまでになったからこそ、鬼龍院はその力を使うことには慎重だ。
 こんな見るからに腐った政治家とは話しをすることすら時間が惜しい。だが、こういうのに限って無駄にしつこいのだ。


「面倒な」


 舌打ちをして、さらに顔が険しくなった玲夜を見て、これ以上機嫌が悪くなるのはよろしくないと感じた高道が男との間に入る。


「失礼ですが、玲夜様は他の方とお話がありますので、この辺で失礼いたします」

「そんな、待ってくれ!」


 追いすがる男を視界から外し、背を向けようとしたその時、玲夜の足を止める声がした。


「いいじゃないか、鬼龍院。もう少しぐらい話を聞いて差し上げたら」


 声を発した人物を見る。
 それは先日も会った、玲夜の同級生であった陰陽師の一族、津守幸之助だった。
 相変わらず人のよさそうな笑みを貼り付けた男は、玲夜を前にしてもその表情を変えることはない。


「ああ、津守君」


 先ほどまで玲夜に縋っていた政治家の男が、津守を見て表情を明るくする。


「お久しぶりですね、先生」


 どうやらふたりは知り合いらしい。


「津守君からも彼に言ってくれないか? 私について損はない。きっと鬼龍院のためになると」


 幸之助は男から玲夜へ視線を向けると、さらに笑みを深めた。


「だそうだ。どうだろうか、鬼龍院。先生には俺もお世話になっているし、ここは同級生のよしみで、せめて話だけでも聞いて差し上げてくれないか?」


 穏やかで紳士的な空気をまとわせ、玲夜と対峙する幸之助は、一見すると好青年に見える。
 だが、玲夜の心の欠片すら動かす力はなかった。


「だからなんだ? 同級生だからといって、お前とはほとんど関わりはなかっただろう。そんな奴に頼まれてなぜ俺が耳を貸さなければならない?」


 どこまでも冷たい玲夜の眼差し。
 だが、冷たい以上に、その目には興味や関心というものが一切なかった。
 同級生といえど、玲夜には幸之助も今日初めて会った政治家の男と対して変わらないのだ。
 あるのは無関心。