「……そもそもさ、梓の好きな人って誰なの? いっそ、その人にこっぴどくふってもらえば、梓もあきらめて蛇塚に目を向けるかもしれないわよ」
「蛇塚、知ってるのか?」
東吉が問いかけるが、蛇塚は知らないらしく首を横に振った。
「好きな人ってことは、別に恋人ってわけじゃないわよね?」
透子の推理に柚子も頭を働かせ始めた。
「だと思う。けど、両片思いで本当は恋人同然だったっていう場合も……」
柚子はそこまで言ってから、蛇塚の顔が泣きそうになっているのに気付き、慌てて訂正した。
「いや、あくまで可能性の話だからね。実際に相手も好きだったら、なにかしらアクションを起こしているだろうし。そういう男の人が現れたことないんでしょ?」
蛇塚は頷いたが、その可能性を考えていなかったのか、不安そうな顔をしている。
その時……。
「お願いします!!」
ひと際大きな女性の声が聞こえてそちらを向くと、玲夜の姿があった。
玲夜のそばには先ほどの声の主と思われる若い女性と、その女性を止めようとする複数の人がいた。
「君、鬼龍院様に失礼だよ」
男性がそう言って女性に声をかけていたが、女性の目には玲夜しか入っていない様子。
「私の恋人になってください!」
どうやら女性が玲夜に言い寄っているようだ。
「二番目でもいいんです! 一番になんて我が儘言いません。二番目が駄目なら三番目だって……。好きなんです」
必死に訴える女性に向ける玲夜の眼差しは、柚子が見てもぞくりとするほどに冷たい。
柚子には決して見せない冷酷な一面。
女性もそんな玲夜の眼差しに気が付いたのか、怯えを見せた。
「目障りだ」
「玲夜様!」
玲夜に縋り付こうとした女性を、すかさずそばにいた高道が間に入って阻止する。
「どうも躾のなっていない子供が紛れ込んでいたようですね。あなたごときが玲夜様の二番目だろうと三番目だろうとなれるとお思いですか? 身の程を知りなさい」
高道が女性を威圧していると、主催者である大臣が慌てたようにやって来て、警備員らしき黒服の人たちに指示を出して、女性を会場から連れ出していった。
へこへこと頭を下げる大臣を遠目に見ながら、玲夜はやっぱりモテるな、などと柚子は呑気に思っていた。
あまりにも玲夜の態度が冷たすぎて、女性に好かれる玲夜に嫉妬を感じる前に、女性を不憫に思ってしまった。
「ほんと、若様って柚子といる時と他の女に対してだと表情も雰囲気も違うわよね。今、背後にダイヤモンドダストが見えたわ」
そう言って透子は両手で腕をさする。
「鬼龍院様はもともとああいう方だ。他人なんてその辺の石ころと同じ、誰に対しても冷酷だ。だから、本当に頼むから失礼なことするなよ、透子」
東吉はいつか玲夜の勘気に触れないか気が気でないようだ。
「なによ、私は別に失礼なことしてないわよ」
「その気安さが失礼なんだよ! 分かるか、お前が鬼龍院様に軽口叩く度に縮み上がりそうな俺の心臓がっ」
「にゃん吉が小身者なだけじゃないの?」
東吉の心配は透子には伝わらないようだ。
ふたりのやり取りを笑って見ていた柚子は、視線を玲夜に向ける。
まるで示し合わせたかのように玲夜も柚子を見て、ふたりの視線が絡み合う。
すると、先ほどの冷たい顔が嘘のように柔らかな笑みを浮かべた。
それは柚子へ向けたものであったが、ふたりの距離は離れていたために、勘違いした者が続出しただろう。
玲夜と目と目で会話していると、ツンツンと横っ腹をつつかれる。
見ると、透子が肘で柚子を突いていた。
「なに?」
「あれ、あれ」
柚子にだけ聞こえるような小声で指を差す方向にいたのは梓だった。
梓はじっと一方を見つめていた。
その視線をたどると、その先にいたのは玲夜。
梓は他など目に入らないというように熱心に玲夜を見つめており、その表情はうっとりと見惚れる女の顔だった。
柚子に嫌な予感が走る。
「透子……」
「うん。もしかして梓の好きな人って……」
透子の表情も芳しくない。
考えていることは同じようだ。
幸い、話をしている東吉と蛇塚は梓の様子に気が付いていないようだ。
「蛇塚君には言わない方がいい、よね?」
言ったら、蛇塚が再起不能になりそうだ。きっと涙腺は決壊することだろう。
「そうね。まだ確定したわけじゃないし。私たちの気のせいかも……」
できるなら気のせいだと思いたかった。
だが……。
玲夜がこちらに向けて歩いてくる。
当然だが、梓など目もくれず横を通り過ぎ、一直線に柚子のもとへ。
柚子は玲夜ではなく、梓から目が離せなかった。
梓は自身の横をあっさり通り過ぎた玲夜にショックを受けた顔をし、さらに玲夜が柚子に笑いかけ肩を抱くのを見て、それ以上に信じられないといった顔をしていた。
透子に目を向けると、透子も梓の様子を見ていたようで、互いに視線を合わせ苦い顔をする。
どうやら、嫌な予感が当たってしまったようだ。
思いもよらず、梓の好きな人を知ってしまった柚子は、蛇塚に言うべきか頭を悩ませることとなった。