「う~、満腹」
「食べ過ぎだ」
柚子が東吉からツッコミを入られる横では、まだ透子がお皿にスイーツを乗せているところだった。
「お前はよく食べるな」
さすがの東吉も呆れを通り越して感心している。
「だって美味しいんだもん」
「うちが満足なもの食わしてないみたいだからいい加減止めてくれ」
「いいじゃない。デザートは別腹ってね……あっ」
突然動きを止めた透子につられて、透子が見ていた方向に目をやると、蛇塚と梓の姿を見つけた。
「あのふたりも来ていたんだ」
「俺達もそうだが、基本あやかしの花嫁は、あやかしと人間の友好の象徴みたいなものだからな。あやかしと人間が揃うパーティーなんかには大抵呼ばれるんだよ」
「本人たちは全然仲良くないけどね」
そう言った透子に、東吉は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「それ絶対に蛇塚の前では言うなよ」
「さすがの私もそれぐらいの分別はあるわよ」
ふたりの様子を見ていると、梓は蛇塚から一定の距離を保っており、その顔は不快感を滲ませていた。
花嫁がいながらエスコートをしないのは、あまりにも外聞が悪い気がする。
蛇塚が梓の手を取ったが、すかさず梓は手を払いのけていた。
さすがにこんな場で声を荒げるまねはしなかったが、見ていれば分かるほどに険悪だった。
まあ、梓が一方的に険悪な空気を出しているだけで、蛇塚の方は仲良くなろうと必死のようだが。
けれど、梓にはその必死さが伝わらないのか、それをウザいと感じているのか、蛇塚から離れていった。
ひとりとなり、しょんぼりしている蛇塚のもとに行く。
「おーい、蛇塚」
東吉が声をかけると、蛇塚は気が緩んだように目を潤ませ、泣くまいとするように顔を歪めた。
怖い顔がさらに怖いことになっている。
「分かった分かった。お前の気持ちは分かったから、ここでは泣くなよ」
蛇塚はこくりと頷いたが、いつ涙腺が決壊してもおかしくない。
こんな人目のある場所で泣き出したら注目を浴びてしまう。
それでなくとも、玲夜の花嫁ということで柚子には視線が集まっているというのに。
そうなると、蛇塚にとっても梓にとってもよくない噂を呼び起こしかねないので、我慢してもらわねばならない。
「とりあえず、なにか飲む?」
柚子が気分を落ち着かせるべく、ウェイターから飲み物をもらい蛇塚に差し出すと、小さな声でお礼を言って飲み物を手にした。
ちびちび飲み始めた蛇塚。
柚子たちがいることで少し落ち着いてきたようだ。
あのままだったら、確実に泣いていたかもしれない。
「相変わらず話できてないの?」
無言でこくりと頷く蛇塚に、柚子たち三人はなんとも言えない顔をする。
「こんなにいい奴そうそういないんだけどな」
蛇塚との付き合いも長い東吉も歯痒いようだ。
「ねえ、梓なんか止めて他の子を好きになることはないの?」
透子が口にした素朴な疑問。
花嫁を見つけたあやかしは他の女性を好きになることはあるのか?
それはあやかしの本能が分からない人間である柚子たちが一度は考えてしまうことだ。
その問いに対して、蛇塚は寂しげな笑みを浮かべ、東吉は首を横に振った。
「そう簡単にできたら楽なんだろうけどな……。一度花嫁と出会うと駄目なんだよ。こればっかりは、花嫁を見つけたあやかしにしか分からないだろうな」
「そう……」
まるで呪いのようだと柚子は思った。決して口にはしなかったが。
「梓が蛇塚のよさに気付いてくれたらいいのにね。って、そんなことを私たちから言ったところで、梓は余計に反抗するんでしょうけど」
透子のもどかしさが柚子にも伝わってくる。
柚子も、蛇塚の優しさを知ったためにどうしても蛇塚側の視点でものを見てしまう。そんな柚子たちが梓になにかを言っても、さらに梓を意固地にさせてしまうだけだろう。
透子も学習したのか、架け橋になろうなどと言い出すことはなかった。