嫌だ嫌だと思っていると、あっという間にその日が訪れてしまう。
酒宴の時は玲夜から振袖が贈られたが、今回は薄水色の膝丈のドレスを渡された。
レースがあしらわれた可愛らしいデザインで、それと合うように、雪乃が髪をアップにし、メイクもしてくれる。
すると、見間違うほどに綺麗に完成され、いつもながら、雪乃の完璧さと万能さに驚かされる。
「お綺麗ですよ、柚子様」
「あい」
「あーい」
子鬼たちも雪乃に呼応するように声を上げた。
そして、まろとみるくは新しいドレスの裾をクンクンと嗅いでいる。
抱き上げたかったが、服に猫の毛が付くと困るので、頭を撫でるだけに留める。
撫でた頭を擦り付けてくるまろと、その間も熱心にドレスの匂いを嗅ぐみるくに癒されていると、黒いスーツを着た玲夜が部屋に迎えに来た。
「柚子、準備はいいか?」
「うん」
玲夜は上から下へ柚子の姿を見やるや、満足そうに笑みを浮かべた。
「柚子は淡い色も似合うな」
「ドレスをありがとう、玲夜」
玲夜自らが選んだらしいドレスを褒められ、柚子ははにかむ。
「こんな綺麗な柚子を他の男の前に出したくないが、仕方ない」
「多分そう思っているのは玲夜ぐらいだから大丈夫だよ」
お世辞ではなく、本気でそう思っているらしい玲夜の目には、何重ものフィルターがかかっているに違いない。
雪乃によっていつもよりは見栄えがよくなっているが、平凡であることに変わりはないのだ。
まろとみるくは留守番で、子鬼たちを連れて、玲夜と一緒に車に乗り会場となるホテルへ向かう。
国内でも有名な高級ホテルの大広間を借りて行われるパーティー。
玲夜にエスコートされ入場した瞬間から人々の注目が集まるのが分かる。
ざわざわと話している声が聞こえてくる。
「鬼龍院様だわ。相変わらずお綺麗ね」
「女性を連れているわよ。お珍しい」
「どこのご令嬢だ?」
ただただ、居たたまれない。
普段の玲夜は女性には特に冷たく、こういうパーティーの場に女性を連れて来たことはないという。
それ故、玲夜が大事そうにエスコートしている柚子に興味が集まっている。
今はまだ柚子が花嫁だということを知らぬ者の方が多いようだ。
「大丈夫か、柚子?」
「う、うん」
とてつもなく緊張しているが、玲夜が隣にいるおかげで足が震えずにすんでいる。
まあ、玲夜と一緒だからここまで注目されているのだが。
玲夜に連れられ、主催者に挨拶に向かう。
ひと際たくさんの人に囲まれた老年の男性は、政治に疎い柚子でも知っている大臣だ。
「お久しぶりです、大臣」
そんな人に気安く声をかける玲夜に、柚子は改めて住む世界が違うと遠い目をする。
「ああ、これは鬼龍院さん」
お互いに握手をして会話が始まったが、柚子にはさっぱり分からない専門用語が飛び交っていて、ただにっこりと笑っていることしかできない。
大学の花嫁学部で政治経済学が必須科目になっている理由がよく分かった。
これは真剣に勉強しなくてはいけないと考え直す。
それと同時に、大臣と対等に話す玲夜に尊敬の眼差しを向けていると、不意に玲夜と目が合った。
大臣の目も柚子へと向けられる。
「これは失礼、お嬢さん。鬼龍院さんと話をしているとどうも話しすぎてしまうようで」
「いえ、とんでもありません」
「ところで、鬼龍院さん。こちらの素敵なお嬢さんは、どちらのご令嬢ですかな? 確か鬼龍院さんは鬼山のご令嬢と婚約されていたと思いましたが」
「桜子との婚約は白紙になりました。彼女という花嫁を見つけることができたので」
大臣は花嫁と聞いて目を大きくした。
「花嫁ですと?」
「ええ」
「これは驚きました。あやかしで花嫁を見つける方はごく少数とお聞きしていますが」
「その通りです。彼女に出会えた俺は幸運な男です」
そう言って、玲夜は柚子に向かって微笑んだ。
その瞬間、どこからともなく女性の悲鳴が聞こえた。
普段こういう場でも無表情だという玲夜の微笑みは破壊力抜群だったようだ。
見慣れた柚子ですら、くらりとする玲夜の美麗な笑みにノックアウトされた女性は少なくなかった。顔を赤くして玲夜に見惚れている人が数え切れない。