五章
普段柚子と玲夜は別々の車で通学・通勤しているのだが、今日はいつもと違い、玲夜の車で大学まで送ってもらっていた。
車の中で柚子は玲夜から今度あるパーティーの話を聞かされた。
「親睦パーティー?」
「そうだ。戦後、あやかしが表の世界に出るようになり、人間と共存していくことになった。その両者の仲を深めるためにと始まったパーティーだ。当初の、両社の中を深めるという目的は一応達している。一部では未だに人間とあやかしの間での差別はあったが許容範囲のことだ。今ではこの親睦会も形だけのものになりつつあり、人間で出席するのは資産家や政治家がほとんどだがな」
「そこに私も出席するの?」
「そうだ。いつもは俺が父さんの名代として出席していたが、今は柚子もいるからな。あやかしへのお披露目はこの間の酒宴で行ったから、今度は人間へのお披露目だ」
「これで煩わしい女たちから解放されますね」
助手席に乗っていた高道がクスクスと笑いながらそう言った。
「まったくだ」
玲夜はうんざりしたような顔をしている。
「女たち……」
「ええ。人間の女たちの欲望は尽きることはありませんから。毎回玲夜様は大人気です」
「高道」
言うなと叱責するように玲夜が高道の名を呼ぶ。
「玲夜様。柚子様を煩わしいものから遠ざけたいのは分かりますが、柚子様にもあらかじめお教えしていた方がよろしいでしょう? その女たちがなにかしでかさないとも限りません。柚子様自身にも警戒して頂かなくては」
「えっ、なにかされるの?」
頬を引き攣らせ玲夜を見上げると、安心しろと言うように柚子の肩を抱き寄せる。
「大丈夫だ。だが、奴らは欲の塊だからな」
「ええ。玲夜様の伴侶になろうと必死ですから。花嫁でない限り人間が伴侶になることなどないというのに」
やれやれというように高道はこめかみを押さえる。
「それはそうと、柚子様」
「はい」
「大学ではなにか嫌がらせなどはありませんか? 今話した女たちのように花嫁のことを理解せず、柚子様を排除すれば自分が成り代われると勘違いしたお馬鹿さんはどこにでもいますから」
「それは大丈夫です」
「それはよかった。なにかありましたら、すぐに桜子に相談してください」
「はい」
「……本当に大丈夫だな?」
玲夜が念を押して聞いてくる。
それに対して、柚子が「大丈夫」と笑って安心させると、玲夜も納得したようだ。
が、しかし、大学のトイレなどでひそひそ話しながら明らかにいい感情を向けているとは思えない目で柚子を見てきたり、あからさまに聞こえる声で「あんなのが花嫁?」とか「鬼龍院家の若様と全然釣り合ってないじゃない」といった悪意ある言葉を耳にすることはあった。
しかも、聞かれるとマズいことはその子たちも分かっているのか、陰口が聞こえてくるのは必ず柚子がひとりになるトイレなどでだけ。子鬼も連れていない時なので、玲夜には今のところ気付かれていない。
それを言ってしまうと、大変なことになりそうなのは目に見えているから、柚子はなにもなかったことにした。言ったが最後、柚子でもどこの誰か知らないその人物を特定して、玲夜が般若と化すのが想像できた。
実際に嫌がらせではないのだ。ただの陰口であって、気にしなければ実害はないので、放置しておくのが一番だった。
けれど、悪意ある言葉は地味に刺さるのだ。釣り合ってないことを、誰よりも柚子自身が分かっているから。
かと言って、柚子から玲夜と離れるつもりはないので、心を強く持つしかない。
だが、高道の話を聞いていると、その親睦パーティーにはかなり気合いを入れて挑まなければならないようだ。
他人には冷たい玲夜だが、彼の持つスペックは他を圧倒する。手に入れたいと必死になる女性たちの気持ちもよく分かった。
だからこそ、大学での陰口程度ではすまなそうな気がして、柚子は今から憂鬱な気持ちとなった。
こんな素敵な人の隣に立つのが、こんな平々凡々な子供なのだ。
玲夜を狙う女性たちに認められるとは思えなかった。
きっと桜子ならば、どんな女性が来ても黙らせることができたのだろうにと、柚子は自分の至らなさに溜息が出た。