そんな話は透子により断ち切られる。


「そんなことより、この子たちの名前はどうするの?」

「そっか、名前……」


 柚子はまず黒い猫を見ると、すぐに思いついた。


「黒い猫はまろね」

「あー、確かに目の上が白くて眉毛みたいになってるから、麻呂って感じ」

「でしょう。それで、こっちの子は……」


 次に茶色い猫を見て考えるが、なかなかいい名前が浮かんでこない。
 しばらく考えたのち。


「この子はみるくにしよう!」

「どうして?」

「かわいいから」


 二匹共、ごくごく単純な名付けだ。

 二匹の猫を連れて猫田家を後にし屋敷に戻ってくると、使用人たちが迎えてくれた。
 その中にいた雪乃が、笑顔で寄ってくる。


「柚子様。猫を引き取られたとお聞きしました。必要な物は柚子様のお部屋にご用意いたしましたが、よろしかったですか?」

「はい。ありがとうございます。今日から家族の一員になる、まろとみるくです」


 まろとみるくを見せると、使用人たちは皆ニコニコと微笑み、嫌そうな顔をした者がいなかったのでほっとした。猫嫌いな人はいなさそうである。


「あらあら、かわいらしい子たちですね」


 雪乃が手を差し出すと、みるくがべしっと猫パンチを繰り出した。


「あっ! 雪乃さん大丈夫ですか?」


 雪乃の綺麗な手に傷跡が残ったら大変だと柚子は慌てたが、雪乃は笑みを変えたりしなかった。


「大丈夫ですよ、柚子様。鬼である私はそんなやわにできてはおりませんから」

「ごめんなさい。この子たち、まだ人に馴れてないみたいで」

「よろしいのですよ。それよりお部屋へどうぞ」

「はい」


 まろとみるくを連れて部屋に行くと、キャットタワーやトイレ、猫用のベッドから玩具まで必要な物はすべて揃えられていた。
 玲夜に連絡してからそう時間は経っていなかったのに、さすが鬼龍院の使用人。仕事が早い上に完璧だ。

 しばらく猫の玩具で二匹と遊んでいた。
 子鬼たちも最初は警戒していたが、まろとみるくを気に入ったようで、いつしか二匹に馬のようにまたがって遊び始めた。
 まろとみるくも子鬼たちには友好的で、一緒に遊んでいるのを柚子は微笑ましく見ていた。

 そうこうしていると、玲夜が帰宅し部屋に入って来た。


「それが拾った猫か?」

「玲夜、おかえりなさい。そう、黒いのがまろで、茶色いのがみるくって名前にしたの」

「嬉しそうだな」


 いつも以上に明るい笑顔の柚子に、玲夜も柔らかな笑みを向ける。


「実は前から動物飼ってみたいなって思っていたの。前は花梨が動物嫌いで飼えなかったんだよね」


 妹の花梨が最優先のあの家で動物を飼いたいなどと言って許されるわけもなくあきらめていた。
 それに、柚子もバイトをたくさん入れて家には帰らないようにしていたので、動物の世話などできなかったというのもある。


「だから飼えるのが嬉しくって」

「柚子が喜んでいるなら、俺も嬉しいよ」


 よしよしと頭を撫でる玲夜に笑みを向ける。


「玲夜も触ってみる? ちょっと人見知りするみたいだから触れるか分からないけど、子鬼ちゃんとは仲良いから子鬼ちゃんを作った玲夜なら大丈夫かも」


 玲夜の手を引いて、猫じゃらしを持った子鬼とじゃれている二匹の前に連れていく。
 猫の前に座った玲夜が、猫に触れようとした時、玲夜が手を止めた。


「……これは」


 なにかに驚いたような表情をする玲夜に、柚子は首を傾げる。


「玲夜?」

「……柚子。この猫はどこにいたんだ?」

「大学から駐車場にいく途中の、草むらの中よ。大学で飼っている猫かと思って一応問い合わせたけど、知らないって」

「そうか……。おかしなところはなかったか?」

「ないけど……この子たちがどうかしたの? にゃん吉君もなんか普通の猫と変わってるみたいなこと言っていたけど」

「……いや、大事にしてやるといい」

「うん」


 なんとなく歯切れの悪い玲夜が気になったが、柚子の足にすりすりと擦りついてくるみるくのかわいさに心を持っていかれ、すぐにそんなことも忘れてしまった。


「まさかと思うが父さんに確認してみるか……」


 そんな玲夜の呟きは柚子には聞こえなかった。