「うーん……」

「またなんか悩んでるわね」


 頭を抱える柚子を、小学校からの腐れ縁である友人の透子が呆れたように見ている。


「年中悩んでないか、こいつ?」


 透子の恋人である猫田東吉も透子に同意する。
 柚子や透子からはにゃん吉と呼ばれている東吉は猫又のあやかしで、透子はそんな東吉の唯一無二の花嫁だ。


「この間は子鬼ちゃんの躾について悩んでたわね」

「若ハゲ教師に持ってく菓子折になにを持ってくかでも悩んでたな」

「あんなやつに持ってく必要なかったのにね」


 なぜか透子は不満そうに眉をひそめる。


「なんでだよ? さすがにかわいそうだろあれは」

「知らないの? あいつイケメンなんて騒がれていい気になってたけど、一部の女子にセクハラギリギリのことしてて嫌われてたんだから。むしろ、子鬼ちゃんグッジョブって思った女子は、ひとりやふたりじゃないはずよ」

「そうなのか? エロ教師め。まさか透子は被害に遭ってないだろうな?」

「花嫁に手を出す馬鹿ではなかったみたいよ」

「それならいいが……」


 そうでなかったら、東吉によって社会的に制裁されていただろう。
 だが、透子に害がないなら動かないところが、花嫁を持つあやかしらしい。


「で、柚子はなにに悩んでんだ?」

「子鬼ちゃんたちがまたなにかやらかしたの?」


 問うてくる東吉と透子に先ほど渡された進路希望の用紙を見せる。


「これって進路希望の用紙じゃない。それがどうしたの?」

「志望の大学のところ……」


 柚子の第一志望はここからずっと遠くの地方にある大学であった。
 そして、第二志望は就職。場所は同じくここから遠い場所を希望している。


「マズいよね?」

「そりゃマズいわね」

「お前、花嫁の自覚ないだろ」

「仕方ないじゃない。この希望用紙提出したのは玲夜と出会う前だったから」


 その時の柚子はというと、妹の花梨とあからさまな扱いの差をつけられながら過ごしていた。我が儘な花梨と無関心な両親にあきらめを覚え、我が家でありながら居場所のない孤独を感じるその家から早く出ることを切に願っていた。

 早く家族と関わりのない遠い地へ行きたい。

 その時はそればかりを考えていたので、第一志望の大学は家から通学するのが難しい遠い場所を選んだ。

 無関心なあの両親が柚子にこれ以上お金をかけることを嫌がった場合も考えて、就職という道も視野に入れていたが、その場所もやはり家から離れ一人暮らしができる遠い地と決めていた。

 だから、進路希望に書かれた志望先は、すべてここから離れた土地のものばかり。


 しかし玲夜の花嫁となかった今、ひとり暮らしが必要な遠い地へ行くことを玲夜が許すはずがなかった。


「この大学選ぶのにもかなりの時間をかけて悩んだのに、今から新しく大学を捜すなんて……」


 受験までもう目前。柚子の学力で合格できそうなランクで、玲夜の屋敷から通える大学を早く決めなければ。

 一応担任が柚子の成績を鑑みて、いくつかの大学をピックアップしてくれていたのは助かる。その中から、早めに選ばなければいけない。

 就職という道もあるが、玲夜がいい顔をしないだろう。今のバイトも玲夜の会社で玲夜の目の届くところにいて仕事を手伝う分には目を瞑ってもらっているが、以前玲夜の秘書の荒鬼高道からも、花嫁が働くのはあまりよろしくないと聞かされていたので、反対されることが予想される。

 花嫁ひとり養えないのかと取られて、恥ずかしいことなのだそうだ。
 柚子自身はそんなこと気にしないが、どこにでも上げ足を取りたい者はいるのだろう。