「おかえりなさい」

「ああ」


 やはりおかしいと柚子は思う。いつもなら笑顔で柚子に返事をするというのに、今の玲夜はなんだか怒っているようなピリピリとした空気が出ている。


「……玲夜?」


 なにかあったのかと首を傾げると、玲夜の手が柚子の顎を捕らえた。
 まるで目をそらすことを許さないかのように。


「今の電話は誰だ?」

「電話? 友達だけど?」

「男か?」

「う、うん。小学生の頃の友達でね、何年も会ってなかったんだけど今日大学で会ったの。すごい偶然でしょう! 昔は透子と三人でよく遊んでてね。懐かしくって話が弾んじゃって、あやうく講義に遅れるところだったの」


 嬉しそうに顔を綻ばせて話をする柚子に、玲夜はなにを思ったのか、突然のキス。
 柚子はびっくりするが、抵抗はしなかった。
 すぐに唇は離れたが、やはり今日は機嫌が悪そうで、柚子も対応に困る。


「その男のことが好きだったのか?」

「えっ、聞いてたの? 恥ずかしいなぁ。小学生の時の話だよ」


 そういうと、さらに玲夜の眉間に皺が寄る。


「玲夜?」

「その男のこと、まだ好きなのか?」

「えっ、まさか。子供の頃の話だもん。今は玲夜がいるじゃない」


 なにを当たり前のことを聞いてくるのかと不思議に思っていると、急に玲夜の表情が穏やかになった。


「そうか」

「……もしかして、玲夜焼きもち焼いた?」


 そんなまさかねと思っていると、今度は深く唇を合わせられる。


「……っ」

「……お前は俺のものだ、柚子。誰にも渡さない」

「うん……」

「柚子の初恋だなんて、聞いただけで相手の男を殺したくなる」


 不穏な言葉に柚子はぎょっとする。
 その声があまりにも真剣だったので、余計に怖い。


「む、昔の話だから! 今は玲夜だけだもの」

「今は、という言い方が気に食わないな。昔は違うということだろう」

「だって、その頃は玲夜と知り合ってもいないし……」

「過去も未来も柚子の男は俺だけでいい」

「そんな無茶な」


 今日の玲夜はなんだか子供っぽい。小さな子供が駄々をこねているようだ。


「その男とは今後一切話すな」

「えー、それは……」

「嫌なのか?」

「だって数年ぶりに会えた友達だもの」

「だが、そいつも柚子に好意があるんじゃないのか?」

「うーん、そういえば好きだったって言われたかも」


 さらに、玲夜を止めて俺にしとかないか、的なことも言われた。


「そいつの名前は?」

「な、なんで?」


 玲夜の紅い瞳に危険なものを感じ取った柚子が問い返す。


「二度と柚子の前に現れないように潰しておく」

「駄目駄目、それ駄目!」


 それは絶対に阻止しなければならない。


「……冗談だ」


 いや、目はマジだった。とても冗談という雰囲気ではなかった。
 今度浩介に会ったら、夜道は気を付けろと忠告しておいた方がいいかもしれないと柚子は思った。


「柚子は俺の花嫁だろう?」

「うん」

「他の男に目移りするなよ?」

「するわけないじゃない。私が好きなのは玲夜だけだもの」


 玲夜の心配はまったくもって無駄なことだ。
 確かに過去淡い恋心を浩介に抱いていた柚子だが、今や柚子の心の中は玲夜がすべてを占めている。目移りなどするわけがない。

 辛い時に側にいてくれた玲夜。
 苦しい生活から救い出してくれた玲夜。
 誰よりも己を大事にしてくれる玲夜。
 玲夜以上の男など現れるはずがないのだ。

 今度は柚子の方からキスを贈る。
 そうすると、ようやく玲夜の機嫌も直った様子。
 お返しとばかりに、キスの雨を降らせる玲夜に、柚子は身を任せた。