話題は尽きなかったが、次の講義の時間が迫ってきたため、浩介とは連絡先を交換して別れた。

 その日の講義を終えた柚子は、上機嫌で屋敷に帰った。
 それは傍目にも明らかで雪乃にも分かったようだ。


「なんだか今日の柚子様はご機嫌ですね。いいことでもあったのですか?」

「今日、昔の友人と久しぶりに会えたんです。同じ大学に通っていたみたいで。もう会うことはないと思っていた子だったので嬉しくて」

「まあ、それは奇遇ですね。きっと離れていても縁は繋がっておられたのでしょう」

「そうかもしれないですね。ずっと会ってなかったのに、全然そんな気がしなくって」


 その時、柚子のスマホが鳴った。表示されたのは『浩介』の文字。柚子は迷わず電話を取った。


「もしもし?」


 雪乃が気を利かせて部屋から出て行く。


『おー、柚子か?』

「うん。どうしたの?」

『いや、なんだか今日のことが信じられなくてさ。この番号ほんとに合ってるかの確認』

「なにそれ」


 柚子はくすりと笑う。


『だって何年ぶりだと思ってるんだよ。久しぶりに会ったと思ったらふたりともあやかしの花嫁なんかになってるしよ。驚くだろ普通』

「まあ、確かに」


 柚子が逆の立場でも驚くだろう。


「でも、花嫁じゃなかったら浩介君とは会えなかったと思うよ。あんな入学金も授業料も高い大学、私じゃ払えないもの。もともとは遠くの大学受ける予定だったし」

『ふーん、そうなのか……』


 少しの沈黙の後、浩介が切り出した。


『親と妹とは相変わらずなのか?』


 仲のよかった浩介は、柚子の歪んだ家庭のことを知っていた。
 まだその頃は、柚子も両親への期待を捨てきれず、それ故に悲しんでいた。
 時にそれを透子や浩介に相談しては、慰められていたものだ。


「もうあの人たちとは縁を切ったの。だから今は玲夜の家で暮らしてる。だからあの人たちが今どうしてるかは知らない」


 どこか遠い地へ送られたことは玲夜から聞いたが、それがどことは玲夜は言わなかったし、柚子もまた聞かなかった。聞く必要はないと思ったのだ。もうあの人たちとは袂を分かったから。


『お前はそれでよかったのか?』

「うん。浩介君がいた頃はまだ淡い希望を持っていたけど、両親も花梨も変わらないってことが分かったからもういいの。それに、私には玲夜がいるから」

『……そうか。柚子が決めたなら俺が口出す話じゃないよな。悪い。嫌なこと思い出させたかも』

「ううん。心配してくれてありがとう。あの頃透子と浩介君がいてくれたから頑張れたもの」

『あーあ、どうせなら俺がヒーローみたいに格好よく柚子を助けられたら、柚子は俺に惚れたかもしれないのに。残念』


 暗い雰囲気を吹き飛ばすような冗談交じりの言葉に、柚子はクスクスと笑う。


「気持ちだけで十分。それに、あの頃は私も浩介君のこと好きだったのよ?」

『うっそ、マジで!?』

「本当。なのに急にいなくなっちゃってすごくショックだったんだから。初恋だったのに」


 当時、最も仲がよかった異性。やんちゃな男の子だったが、柚子にはとても優しかったのを覚えている。そんな浩介に柚子は淡い恋心を抱いていた。
 今となっては子供の頃のいい思い出だ。


『えー、マジかよ。それならさっさと告っとけばよかったー』

「ふふふっ。そしたら今頃玲夜じゃなくて浩介君と恋人だったかもね」


 だとしても、以前に玲夜が言っていたように、柚子に恋人がいても玲夜は浩介から奪い去っただろう。
 そう思うと、修羅場にならなくてよかった。ボコボコにされる浩介の姿しか想像できない。


「……あっ」


 ふと視線を扉に向けると、玲夜が立っていた。
 いつからいたのだろうか。柚子が電話をしていたので、声をかけられなかったのかもしれない。
 だが、どうにも様子がおかしい。


『柚子?』


 電話の先から浩介の声が聞こえてきて、意識が戻される。


「ごめん、浩介君。もう切るね」

『おー。また時間があったら話しようぜ』

「うん。じゃあね」


 急いで電話を切り、スマホをテーブルの上に置くと玲夜のところへ向かった。