それからというもの、廊下を歩けば道が開かれ、列に並べば順番を譲られ、講義を受ければ一番前の席を勧められる。
一気に大学の有名人だ。
大学部の女王様である桜子が、会うたびに柚子に深々と礼をして柚子を立てるので、柚子はスクールカーストを駆け上がることになってしまった。
そうすると、桜子が以前忠告していたように、鬼龍院と縁を繋ぎたい有象無象が話しかけてくるようになった。それまでに仲良くなったと思っていた子からも、家に遊びに行きたいとそれはもう熱心にお願いをされる。
理由は玲夜に会うためだ。
やけに、家に玲夜はいるのかと聞かれるので間違いない。
どうやらかくりよ学園にいてもあやかしのことをよく知らない者は思いの外いるようで、特に外部から入ってきた者はほとんど分かっていない者が多い。
そんな者は花嫁がどういうものかも理解しておらず、平々凡々な柚子を見て、これなら自分が成り代わるチャンスがあるのではと思うらしい。仲良くなったと思った子にまでそういうことをされると、軽く人間不信になりそうだった。
透子と東吉という友人と子鬼たちの癒やしがなければ病んでいたかもしれない。
だが、よくよく思い返してみると、柚子にすり寄ってくるのはなぜか人間ばかり。
あやかしは過剰なほど丁寧に接してはくるが、鬼龍院と繋がろうとぐいぐい来ることはない。というか遠巻きにされている。いや、怖がられていると言ってもいいかもしれない。
なぜだろうと東吉に話すと、それは当然だという答えが返ってきた。
そもそもあやかしは、花嫁というものがどれだけ大事かを知っている。そんな花嫁にへたに近付いて不興を買えば、その後ろにいる鬼龍院を敵に回してしまう。鬼龍院の怖さをよく分かっているからこそ、必要以上の接触をはかろうとはしない。
柚子にすり寄ってくるのは、それを分かっていない無知で命知らずな人間ということだ。
「……私このまま友達できないかもしれない」
大学のカフェで、柚子はテーブルに突っ伏した。
「柚子には私がいるんだからいいじゃない」
「透子ぉぉぉ」
もう自分には透子だけだと嘆いていると、突然声をかけられた。
「なぁなぁ、お前もしかして柚子か?」
「えっ?」
急にやって来た見知らぬ男性。柚子と同じ学生のようだが、見覚えはない。
向こうは名前を知っているが、知り合いを装う新手の手法かもしれないと警戒を強くする。
「やっぱ柚子だよな! うわっ、お前この大学なの!? なんでもっと早く気が付かなかったんだろ」
「あの……どちら様ですか?」
「えっ、俺のこと分かんない!?」
横に首を振ると、相手はショックだとでも言いたげにオーバーにリアクションする。
「えー。俺はすぐに分かったのに薄情な奴」
馴れ馴れしいその男性に、透子が突っかかる。
「ちょっと、あんたさっきからなんなの? 鬱陶しいんだけど!」
と、そこで透子に視線を向けた男性は、目を輝かせた。
「えっ、お前は透子か? なんだよ、相変わらずお前らつるんでるのかよ、笑える!」
ひとり盛り上がる男性を見て、柚子と透子は目を合わせる。
「透子知り合い?」
「知らないわよ、こんな奴」
「ひっでぇ。俺だよ俺、浩介だよ! 小学校の時一緒に遊んだだろ?」
思わず柚子と透子は揃って椅子から立ち上がった。
「浩介君!?」
「うそ! やんちゃ坊主が過ぎて先生達の頭を悩ませて、心労のあまり担任に泣きながら説教されていたあの浩介!?」
「えっ、なにそれハズい。俺の黒歴史を大声で暴露しないで!」
「本当に浩介君?」
柚子は改めて男性をじっくりと見る。
浩介とは、柚子と透子と同じ小学校に通っていて一番仲のよかった男友達で、いつも三人で遊んでいたものだ。家庭の事情で、中学校へ上がる前に突然なにも言わず転校してしまってからは音信不通となっていた。
「本当に浩介なの?」
「本当だって、そんなに疑うんなら今度昔の写真でも持ってきてやるよ」
「だって、全然雰囲気違うじゃない。今どき男子になっちゃってあんたどうしたの?」
透子の疑いはもっともだった。柚子の記憶の中にいる浩介は、坊主頭のやんちゃな男の子だった。しかし、今の目の前の浩介は髪を明るい茶色に染め、ピアスをし、今どきのお洒落な男性になっていたので、言われた今もまだ半信半疑だった。
「ふふん、いわゆる大学デビューってやつだな。毎朝一時間かけてヘアセットしてるんだぜ、どうだ格好よくなっただろう」
髪をかき上げるようなポーズをつけてドヤ顔をする浩介に、透子はきつい一言を浴びせる。
「えっ、なんかキモイ」
「どういう意味じゃコラーッ」
柚子はだんだんと昔を思い出してきた。
いつもこうやって透子と浩介が言い合いをしていて、それを眺めているのが柚子は好きだった。
正直浩介は透子のことを女友達というより、男友達のように接していた。当時は透子の方が身長も高かったので、力でも透子に勝てなかったし。