これはちょっと関わり合いになりたくないと思った柚子の願いは呆気なく打ち砕かれ、桜子と目が合ってしまった。

 すると、桜子が食事を中断して柚子に向かってくる。

 ただでさえその容姿で人目を引く桜子が、食事を中断して立ち上がったことに何事かと周囲の視線を集めていた。
 そんな桜子が向かったのは、平々凡々な人間のところ。
 聞き耳を立てていたのはひとりふたりではなかった。


「まあ、柚子様もお食事ですか?」

「は、はい」

「でしたら、ご一緒いたしましょう? ここより私の席の方がずっと日当たりもいいですから」

「いえ、あの私はここで十分なので」


 そう言った瞬間、ざわりとざわめきが起こった。


「あの人、鬼山様のお誘いを断ったわ」

「なんて恐れ多い」


 そんな声が微かに聞こえてきて断るという選択肢をなくした。
 一緒にいた透子と東吉に救いの眼差しを向けたが、視線をそらされ他人のふりをされてしまった。


 後ほど文句を言うと、「鬼と食事なんて気が休まらん!」とか「だってなんか面倒臭そうだし」などと言われ、今後同じことがあっても他人のふりをすると断言されてしまった。


 そしてドナドナされた柚子は、桜子の向かいの席へ。

 同じ席には桜子ほどではないが眉目秀麗な男女が並んでいて、あまりの眩しさに目が潰れそうだった。
 美人集団の中に迷い込んだちんちくりんがひとり。
 当然人目を引いた。

 あれは誰だとひそひそ噂されているのを分かっていたが、桜子は気にならないのかニコニコとしている。

 誰だと思っているのは周囲だけではないようで、同じテーブルについていたうちのひとりが桜子に問いかける。


「失礼ですが、桜子様、こちらのお方は? 拝見したところ人間のようですが……しかし、強い鬼の気配もいたします。もしや」

「ええ、このお方が我らの次期当主、玲夜様の花嫁の柚子様でいらっしゃいますわ」

「なんと!」

「まあ、このお方が!?」

「これは失礼を致しました」


 途端に立ち上がって柚子に礼をする美人さんたちに柚子は居たたまれなくなる。


「あ、止めてください! 座って座って」


 そう言うと命令を受けた兵士のように即座に座ったが、周囲の騒ぎまでは抑えられなかった。
 聞き耳を立てていた学生から波紋が広がるようにざわめきが起きる。


「えっ、あの人花嫁なの?」

「鬼龍院様の花嫁だって」

「あの鬼龍院様の!?」

「あっ、そういえば俺、前に一緒にいたの見たことあるかも」

「私も。前に鬼龍院様と一緒に大学に来ていた子だわ」


 すさまじい早さで噂が広がっている気がする。柚子は頭を抱えた。


「柚子様、大丈夫ですか? どこか具合でもお悪いのでは?」

「いえ、大丈夫です。精神的ダメージを受けただけなので……」

「はあ……」


 桜子はよく分かっていないようだ。周囲がこんなにも騒がしいというのに。
 いや、普段から注目の的になっているから、いちいち気にしていられないのかもしれない。
 桜子が悪いわけではないが、できれば人のいないところで会いたかったと柚子は心の底から思った。


「柚子様、ここにいる者は皆、鬼の一族なのですよ」


 同じテーブルにいる顔ぶれを見て、柚子は納得した。
 桜子ほどではないが、皆、他より突出して容姿が整っている。鬼があやかしの中で最も美しいというのは間違いないようだ。


「まだ学生ですが、鬼龍院に忠誠を誓った者たちです。何かありましたらなんなりとお命じくださいね」

「あ、はは……。その時はお願いします」


 もう笑ってやり過ごすしかない。