「無駄足だった……」

「透子、お願いだから考えて行動して……」

「ごめん……」


 歩き回ったことで透子も頭が冷えたらしく、落ち着きを取り戻していた。
 けれど、話を聞く気持ちはなくなっていないよう。
午後の説明会が始まり、柚子と透子と梓の三人だけの教室で、早く講師の話が終わらないかとそわそわと待っている。
 そうして説明会が終わると、一目散に梓のもとへ歩いて行く。


「梓、ちょっといい?」

「どうかしました?」

「えーとね、うーん……」


 透子はどう切り出したものか悩んでいるようだ。
 しかし、透子に回りくどい言い回しができるはずもなく……。


「率直に聞いちゃうんだけど、蛇塚のこと嫌いなの?」


 蛇塚の名を聞いた瞬間、梓の表情が険しくなった。


「あいつからなにか聞いたんですか?」

「梓に嫌われているっていうようなことかな」

「あなたたちも私を責めるの!? 花嫁なのに冷たいって!」


 突然激昂する梓にさすがの透子もたじろぐ。
 梓の言葉を聞くに、責められたことがあるような言い草だ。最初は友好的だったのに、今や梓が柚子たちを見る目は険しい。
 それだけ、梓にとって蛇塚という男の名は禁句だったのだろう。


「ち、違うわよ。私も花嫁だから、梓の相談に乗れるかなって思ったの」

「相談? 乗ってどうするんですか? あなたがあいつから私を助けてくれるんですか!?」

「助けてって……」


 さすがにその言い方は蛇塚に対してかわいそうだ。
 悲しそうな蛇塚の顔がよぎったが、興奮している梓にはなにを言っても無理そう。
 ここは退散すべきだと思ったが、透子の口が開く方が速かった。


「助けるもなにも、あなたを助けてくれているのは蛇塚の方でしょう? 家に援助してくれているんだから。話してみたけど優しい人だったわよ。梓も話してみたらきっと……」

「透子さんは相手のあやかしと仲良さそうでしたね。恋人同士なんですか?」


 突然の方向転換に戸惑いながらも透子は頷いた。


「ええ、まあ、一応恋人だけど」

「いいですよね。相思相愛になれて。けど私はもう一生、あの人と一緒になれない。好きな人がいるのに、あいつの花嫁になって私の人生は最悪なものになっちゃった」

「ちょっと、さすがにそれは言いすぎじゃないの? 蛇塚のおかげであなたの家は助かっているんだし」


 それは正論だったが、梓を怒らせる言葉でもあった。


「恵まれた人に私の気持ちなんて分からないわ! 関係ない人が知ったように口を挟んでこないで下さい!」

「なっ……」


 さらに応戦しようとした透子を止めに入る。


「透子、落ち着いて」

「だって、柚子……」


 子鬼を渡して強制的に落ち着かせる。
 子鬼たちに口を押さえられて透子が黙ったのを見計らい、柚子は梓に向き直った。


「ごめんね、梓ちゃん。透子もちょっとヒートアップしちゃったみたい。透子も花嫁ってことを最初は受け入れられなかったらしいから、梓ちゃんに共感しちゃっただけだと思うの。決して梓ちゃんを責めたかったわけじゃないってことは言わせて」

「……私の気持ちなんて分からないくせに」


 梓は顔をうつむけて唇を噛み締める。


「立ち入りすぎてごめんね。ただ、蛇塚君は優しい人だと思ったから、なにか助けになりたくて」

「同情ですか? 私があいつを嫌おうとあなたたちには関係のないことです。あいつの話をするなら今後話しかけてこないで……」

「うん。ごめんね」


 不満そうな透子を連れて教室を出ると、東吉と蛇塚がこちらに向かってくるところだった。


「やらかしたのかっ!?」

「めんぼくない……」


 さすがの透子も応戦したのは悪かったと思ったのか、今はしおらしくしている。


「ごめん、にゃん吉君、蛇塚君。止めきれなかった」

「いや、全面的にこいつが悪い」

「ううっ……」

「あの、梓は?」


 落ち着かない様子で問いかけてくる蛇塚に、梓はまだ教室にいることを伝えると、彼は走っていく。

 直後、言い争うような女性の声がした後、梓が教室から飛び出してどこかへ行ってしまったのを見た。

 少ししてとぼとぼ肩を落として出てくる蛇塚の姿があった。
 さすがに声をかけられる雰囲気ではなかった。

 花の大学生活。どの講義を受けようかワクワクドキドキしていたのに、もう講義の話などどこかに吹っ飛んでしまった。