「梓が了承はしたのは間違いないけど、梓が望んだわけじゃなく、無理矢理だったみたいなんだ」

「どいうことだ?」

「梓の親は会社を経営しているんだが、その頃莫大な負債を抱えていたんだ。そんな時に蛇塚から花嫁の話が来て、花嫁になれば蛇塚に援助を頼めるからと親から言われて、嫌々了承したらしいんだ」

「それは、なんていうか……」


 蛇塚の気遣いがすべて意味がなくなっている。


「しかも、梓には好きな男がいるらしくて……」

「最悪だわねそりゃ」


 透子はどっちが、とは言わない。あえて言うなら両方のタイミングが悪かった。
 けれど、東吉は梓の方に腹立っているようだ。


「それで、お前はあの女の家に援助しているのか?」


 蛇塚はこくりと頷く。


「なんだ、それ。嫌なら断ればいい話だろ。まあ、そうなったら蛇塚家が援助する理由もなくなるが、援助してもらっておいてあの態度はないんじゃないのか? 嫌々だとしても、花嫁になると決めたのは本人なんだからよ。歩み寄る努力はするべきだろ。甘ったれんなよ」


 まあ、確かに東吉の言い分はもっともだ。
 けれど、そのあたりを梓がどう考えているのか、蛇塚の話だけでは気持ちは分からない。
 柚子の妹の花梨も相手の狐月家から援助を受けていた。だが、花梨と瑶太は仲がよかったので、梓とは少し状況が違う。

 柚子が見たところ、蛇塚は顔は怖いが心根は優しく好感が持てる人のように思えるのだが、やはり好きな相手がいるというのが問題なのだろうか。
 好きな相手がいながら別の男の花嫁にならなければならないというのは、つらいことは分かる。
 けれど、喜んで花嫁を迎えたのに、あれほどあからさまに嫌われている蛇塚もかわいそうに思う。大事な花嫁のためにと援助までしているのに。


「援助切ってやったらどうだ?」

「……そんなことをしたら、梓が俺のそばにいる意味がなくなってしまう。嫌われていても俺は梓のそばにいたい」


 東吉はガシガシと乱暴に自分の頭を掻く。


「あー、だよな。花嫁を持ったあやかしならそうせざるを得ないよな。俺がお前だってそうしてるよ」


 同じ花嫁を持つあやかしだからこそ、いじらしい蛇塚の気持ちがよく分かるのだろう。東吉はそれ以上何かを言うことはなかった。


「人間は花嫁なんて言われても分からないからねぇ」


 しみじみと透子が呟く。


「そうだよね。花嫁の方も自分が花嫁だって分かったら楽なのにね」


 玲夜の花嫁となってから、柚子が幾度も思ったことだ。
 今でこそ玲夜と両思いだが、自分の気持ちが分からなかった時、はっきりとしない自分自身に苛立ちを覚えたものだ。


「よし!」


 突然立ち上がった透子に全員の視線が集まる。


「ちょっと本人に話聞きに行ってみよう」

「えっ、ちょっと待って透子」

「そうだ、ちょっと待て。お前が出るとややこしいことになる」

「もうすでにややこしいことになってるでしょ。これ以上ないくらいに最悪じゃない」


 キッと睨むような視線を透子から向けられ、蛇塚はビクッとする。


「大きなお世話かもしれないけど、あそこまで嫌うことないと私は思うのよ。顔は怖いけどあなたが優しいのはちょっと話せば分かる。あなたたちちゃんと話せてないんじゃないの?」

「話そうと思っても逃げられるから……」

「だから代わりに私が聞いてみるのよ。同じ花嫁の方が彼女の気持ちが分かることもあるでしょ?」


 暴走した透子は誰にも止められない。


「そうと決まれば行くわよ!」


 東吉がついて行こうとしたが、女同士の話し合いだからついてくるなと怒られていた。


「柚子、頼む。あの暴走娘が暴走しそうだったら止めてくれ」

「にゃん吉君に無理なのに私にできると思えないんだけど」

「それでも頼む。これ以上こいつらの仲が悪化したら、蛇塚が再起不能になる」

「わ、分かった。頑張る」


 とは言ったものの自信はない。
 勢いで歩き出したものの、この広い大学の敷地内で梓の場所が分かるはずもなく、無駄に歩き回ることになった。

 そもそも、午後からも学部ごとの説明会があるのだから、その時間を待てばよかったのだが、それに気付いたのはかなり時間が経ってからだった。