「こんにちはー」
「……こんにちは?」
突然声をかけてきた透子に彼女は戸惑っている様子。
それでも気にしないのが透子だ。初対面の相手とぐいぐいと間を詰めようとする。
「私は透子よ。こっちは柚子。あなたは?」
「わ、私は梓です」
「じゃあ、梓って呼んでいい? 私たちも呼び捨てでいいから。新入生で花嫁は私たちだけみたいだから仲良くしましょう」
「は、はい……」
大人しそうな雰囲気の梓は完全に透子の迫力に押されているようだ。
柚子は強引な透子の袖をぐいぐいと引っ張る。
「透子、怯えてるから。かわいそうだから」
「なによ、私はただ仲良くしようと思っただけじゃない」
「皆が皆、透子みたいに社交性あるわけじゃないんだから。ごめんね。でも決して悪い人じゃないから」
「ちょっと柚子、その言い方じゃ私が虐めていたみたいじゃない」
「似たようなものでしょ。怖がってるのに、そんなにぐいぐいと」
「そんなことないわよ、ねえ?」
突然矛先を変えられた梓は、驚いた顔をしつつ、こくこくと頷いた。
透子の勢いに負けているようにしか見えない。
「えっと……梓ちゃん? 嫌なら嫌って言ってくれていいからね」
こんな暴走娘にロックオンされた子羊に柚子は助け船を出したつもりだったが、梓は首を横に振った後、にっこりと笑顔を見せた。
その笑顔はあやかしなのではと疑うほどにかわいらしかった。
「ちょっと戸惑っちゃったけど、話しかけてくれて嬉しかったです。大学には仲のいい友人もいなかったから寂しかったの」
「梓は外部入学? 私たちも高校はかくりよ学園じゃない外部入学なんだけど」
「はい。私も大学からこのかくりよ学園に来ました」
「へぇ。じゃあ花嫁になったのは最近?」
「はい。高校卒業間近で。おふたりは?」
「なら柚子の方がちょっと先輩ね」
「透子はそれよりもっと先輩だけどね」
「透子さんはいつから?」
「やだ、透子でいいわよ。私は中学生の頃よ」
それを聞いた梓は驚いた顔をした。
「それなのに大学までかくりよ学園に入らずにいられたんですか?」
「にゃん吉……私の相手がね、高校は柚子と一緒がいいって言ったら許してくれたのよ。まあ、その柚子も花嫁になって、一緒にかくりよ学園に来ることになったのは想定外だったけど」
「そうなんですね。羨ましい……。私なんて……」
急に沈んだ顔をして唇を噛み締める梓に、柚子と透子は目を合わせる。
あまりこの話を広げるのはよくなさそう。
そう思っていると、柚子の鞄に入っていた子鬼がぴょんと机の上に乗り、梓に挨拶をするように声を上げた。
「あいあい」
「あーい」
子鬼を目にした梓は目を丸くする。
「かわいい……」
「でしょう。この子たちは柚子のボディーガード兼癒し係なのよ。私もこんなかわいい子が欲しかったけど、にゃん吉じゃあ作れないのよね。残念だわ」
さすが、あやかしが多く通うかくりよ学園。子鬼を一緒に連れていくことに反対の声はなかった。むしろ、そういう存在がいるなら身を守るために連れて歩くようにと忠告されたぐらいだ。
東吉だけでなく、玲夜や高道までもがそう言うのだから、花嫁とはよほど危険と隣り合わせなのだろう。しかし、これまで特に危険を感じたことがないので、あまり実感はない。
とは言え、花嫁云々は関係なく子鬼に助けられたことがあるので、できるだけそばに置くことにしている。
「角が生えてる……」
子鬼の頭を撫でる梓は、子鬼のてっぺんに生える小さな角にそっと触れた。
「柚子の相手が鬼なのよ。私の相手は猫又。梓の相手はどんなあやかし?」
「私は……」
途端に表情を暗くした梓が答えをためらっていると、教室の扉がガラリと開いた。
入ってきたのは、ものすごく目つきの悪い体の大きな男性だった。
裏の世界の住人だと言われても納得してしまう人相の悪さと体格。けれど、銀髪に黄色の目と人間離れした綺麗な顔をしていたので、あやかしだろうことは分かった。
「だ、誰?」
「分かんない」
あまりの顔面破壊力に、それまで楽しそうにしていた透子も柚子と同じく顔を引き攣らせている。
ふと梓を見ると、不快そうに眉を寄せていた。