玲夜にエスコートされて席に着くと、次々と持ってこられる料理に舌鼓を打つ。


「美味しい!」


 料理の内容まで、柚子がテレビで羨ましげに見ていたものとまったく同じだった。それを覚えていた玲夜の記憶力には舌を巻く。
 玲夜の記憶力がすごいのか、はたまた柚子への愛がなせる技か。
 美味しそうに食べる柚子を、玲夜はただただ蕩けるような甘い表情で見ている。
 目が合う度に笑みを深めるので正直食べづらい。


「……玲夜」

「なんだ? 美味しいか?」

「うん、すごく美味しい」

「そうか」


 あまりにも満足そうな顔をするので文句を言うこともできず、気にせず食べ続けることにした。
 玲夜の視線も、料理の美味しさを前に忘れさり、デザートまで完食。


「う~、お腹いっぱい」


 調子に乗って食べ過ぎた。
 柚子が苦しんでいる間に玲夜はスマートにお会計を済ませていたようで、食後のコーヒーを優雅に飲んでいる玲夜をじっと見ながら柚子は思った。
 思い返してみたら、こうしてふたりっきりで出掛けることは今までなかったように思う。
 いつもなんだかんだで高道がいたり子鬼がいたりしたが、今は高道もいないし子鬼も車でお留守番なので本当にふたりだけだ。


「ねえ、玲夜」

「なんだ?」

「なんかデートみたいね」


 玲夜にそんな気があったのかは分からないが、目を丸くした玲夜を見ると、玲夜も柚子に言われて思い至ったようだ。

 ただ食事をしているだけだが、そんなことすらしていなかったことを思うと、柚子と玲夜は恋人としては色々と順番が違う。
 出会いを考えれば仕方がないのかもしれないが、こういう普通のデートを楽しみたい願望がムクムクと膨れ上がってくる。


「時々でいいから、またふたりで出掛けたいな」


 珍しい柚子からのおねだり。
 玲夜の忙しさは分かっているので、頻繁にというわけにはいかないことは柚子も分かっている。けれど、今日のような特別な時ぐらいはいいものだと思った。
 そう言った後の玲夜の反応は分かりきっている。


「柚子が望むなら毎日だって」


 嫌だなどと言うはずもなく、柚子のお願いに、それは優しい笑みを浮かべて柚子の頬を撫でた。


「それは桜河さんが可哀想だから止めとく」

「あんなのは放っておけばいい」


 あんなの呼ばわりされた桜河には悪いが、もっと玲夜と色々なデートをしたいなと柚子は思った。
 満腹感以上に幸せな気持ちでいっぱいのままレストランを出た。
 玲夜と恋人繋ぎで手を握り歩いていると、向こうから男性が歩いてくる。

 相手が真っ直ぐ歩いてくるので道を空けようとしたが、男性はなぜか玲夜の前で足を止めた。
 薄茶の髪に黒縁の眼鏡を掛けた、玲夜と同じ年頃の男性は、人のよさそうな穏やかな笑みを貼り付けて玲夜の前に立ち塞がる。


「久しぶりだな、鬼龍院」


 玲夜を敬称をつけて呼ぶ者の多い中、呼び捨てる男性は珍しく、知り合いなのかと玲夜を見上げると、特に興味がなさそうな無表情の玲夜がいた。


「……津守」

「はははっ、俺の名前を覚えていたとは光栄だな。てっきり眼中にないと思っていたよ」


 顔は笑っているが、どことなく棘のある言い方。
 津守という男性が玲夜から視線を外し、隣にいる柚子を見る。
 笑っているはずなのに友好的な空気を感じない眼差し。
 ねっとりとからみつくような嫌な感じがして、柚子は玲夜に身を寄せた。


「ふーん。あの鬼龍院玲夜に決まった相手ができたと噂で聞いた時はまさかと思ったが、本当だったみたいだな」


 玲夜が柚子を隠すように背に庇う。


「別に取って食いやしないさ。今日は貴重なものが見られたな。誰に対しても無関心なあの鬼龍院が、人間の、しかもこんな普通の小娘を選ぶとはな」

「お前には関係のないことだ」


 一瞬警戒を滲ませた玲夜だったが、すぐに男性に興味をなくしたように表情を消した。そして、代わりに柚子に笑みを向ける。


「柚子、行くぞ」

「う、うん」


 柚子の腰を引き寄せて歩き出した玲夜についていく。

 津守という男性が気になった柚子がゆっくりと振り返ると、先ほどまでの穏やかな笑みは消え去り、射殺しそうな眼差しで玲夜を睨みつけていた。
 なんだか分からない怖さを感じた柚子は玲夜にしがみつき、早くこの場から離れんと足を動かし続けた。

 柚子は車に戻ってから玲夜に問いかけた。


「玲夜、さっきの人って誰?」

「ああ、あいつは津守幸之助。かくりよ学園で初等部から一緒だったやつだ。特に話した記憶はないがな」


 先ほどの津守の表情を見た後ではただの顔見知り程度のようには思えなかったのだが、玲夜はまったく興味がなさそう。


「本当にただの知り合い?」

「知り合い以下だな。最初誰だか分からなかったぐらいだ」

「そう……」


 その割には玲夜に敵意のようなものを抱いているように見えたのだが、気のせいなのか……。


「確か陰陽師の家系だったはずだ。そうじゃなければ名前も忘れていただろうな」

「陰陽師!? ってことはあやかしとは犬猿の仲なんじゃ……」

「大昔の話だ。今ではあやかしの社会的地位が高すぎて、陰陽師も手を出せない」

「なるほど、じゃあさっきのは……」


 あやかしと陰陽師故の敵意だったのだろうか。


「なにをブツブツ言っているんだ?」

「ううん、なんでもない」


 考えたところで分からないので、考えることを放棄した。
 のちに、もう少し警戒しておくべきだったと後悔することになる。