今生の別れというわけではないと分かっていても、友人たちとの別れは寂しい。
今はスマホという文明の利器があるのだから話をしようと思えばできるのだが、悲しいものは悲しいのだ。
互いにまた会おうと約束を交わす。
そんな中、柚子のもとには泣きながら別れを惜しむ者たちが、両手に抱えきれないほどのプレゼントを渡しに次から次へとやって来た。
しかし、柚子への贈り物ではない。これらはすべて子鬼たちへのものだ。
子鬼たちがいかに愛されていたかが分かる。
「子鬼ちゃぁぁぁん!」
「会えなくなるなんて悲しいわぁ!」
「今度絶対に会いに行くからねぇぇ」
「あいあい」
「あい」
号泣する在校生と卒業生入り乱れたお別れ会に、柚子の顔は引き攣った。
友人たちなんて柚子との別れより悲しんでなかろうか。
そんな別れを惜しむ者たちを押しのけてやって来たのは、手芸部部長である。
無事に志望大学に受かった部長は、それから卒業までの学校生活を子鬼の衣装作製に当てたそうで、山ほどのお手製衣装を持って来た。
「子鬼ちゃん、これは私からの餞別よ」
「あい」
「あーい!」
子鬼も何だか嬉しそう。いつも色んな服を作って持ってきてくれる部長を、子鬼はとても気に入っていたようだ。
「子鬼ちゃん。私のこと忘れないでねぇぇ!」
「あーい」
子鬼たちはにぱっと邪気のない笑みを浮かべて、部長と別れの握手をする。
そして最後に写真をたくさん撮って、柚子の高校生活が終わった。
透子とは同じ大学に行くので、特に感傷に浸るでもなく軽く別れを告げ、柚子はいつものように迎えに来た車に向かう。
しかし、今日は運転手だけでなく玲夜も降りてきた。仕事を抜けてきたのだろうが、いつもより質のいいスーツを着ているように思える。
その瞬間、尋常ではない女子たちの悲鳴が上がる。
滅多に玲夜が迎えには来ないことから、なにやら一部では神聖化されていたりする。
気持ちは分からないでもない。あの人外の美しさを見たら拝みたくもなる。
柚子も未だにはっと息を呑む時があるぐらいだ。見慣れぬ者には破壊力が大きいだろう。
そこかしこで写真を撮りたそうにしている女子がいるが、「神々しくて恐れ多い」とかなんとか言って尻込みしているようだ。
たくさんの荷物を持った柚子を見た玲夜は眉を上げ、運転手に指示を出して車に荷物を詰めさせる。そして、手の開いた柚子に手を差し出した。
柚子は迷わずその手を取り、車に乗り込んだ。
「玲夜、仕事はいいの?」
「今日は柚子の大事な日だからな、桜河に押し付けてきた」
桜子の兄でもある鬼山桜河。鬼龍院グループの副社長をしているので、社長である玲夜に仕事を押し付けられたようだ。ご愁傷様である。
窓の外を見ていると、いつもとは違う道を走っていることに気が付く。
「あれ? 玲夜、道間違っているみたい」
「いや、間違ってはいない」
玲夜はそれ以上答えず、柚子は不思議に思いながらも静かにしていた。
着いたのは、柚子でも知る高級ホテル。
玄関に横付けされた車から降り、玲夜に肩を抱かれそのままエレベーターに乗る。
そして、ホテル内にあるレストランの個室に通された。
「玲夜?」
ここで食事をするのだろうか?
玲夜と暮らすようになってから、外食をした記憶はなかった。
なにせ、料理人が常駐している屋敷では、高級料亭にも引けを取らない、見目も鮮やかかつ、栄養バランスも考えられた豪華な食事が出てくるからだ。
外食をしないというより、わざわざ外食をする理由がないというのが正しい。
なので、ここに連れて来られたことを不思議に思った。
「たまにはいいだろう。柚子の卒業祝いだ。前に来たいと言っていただろ?」
そう言われて思い出す。
ここは以前、テレビで見て美味しそうだなと思い、「食べてみたい」と言っていたレストランだと。
玲夜はそんな他愛ないひと言を覚えていたということか。柚子本人ですら忘れていたことなのに。
「……玲夜は私に甘すぎると思う」
「これぐらい甘やかしたうちに入らない」
「私が今より我が儘になったら玲夜のせいだよ」
「柚子を我が儘だと思ったことはないし。柚子の我が儘なら大歓迎だ。もっと俺に甘えろ」
口角を上げる玲夜のその顔は、甘く、それでいて自信に満ちている。
柚子には眩しいほどに自信に溢れた玲夜。
そんな玲夜だから、そばにいると安心し、頼ってしまうのだ。
この人なら大丈夫だと思わせてくれる。
そんな玲夜にこれ以上甘えようがないほどに甘えているというのに、玲夜はまだ足りないという。
際限なく甘やかしてくる玲夜に、柚子はすべてを委ねてしまいそうになるのを抑えるのがやっとだ。