二章


 かくりよ学園に行くと決めたことを玲夜に告げると、早速手続きをしてくれることになった。
 それを透子と東吉にも報告すると、柚子と一緒に通いたいがために柚子と同じ高校に決めた透子は心から喜んだ。


「やった。また柚子と一緒に通えるのね」

「うん。それに透子も花嫁学部でしょう?」

「もちろん」

「なら、取る講義もほとんど同じだと思うし、一緒の時間も多いんじゃないかな」


 小学生からの腐れ縁も継続だ。


「んふふ、なら後は面接だけね」

「これまでしてた受験勉強意味なくなっちゃったなぁ」

「いいじゃない、ストレスフリーになってさ」


 面接だけという形のみの大学入試によって、受験勉強からも解放された。
 その点に関しては心からありがたいと柚子は思ったが……。


「確かにストレスからは解放されたけど……」


 ちらりと視線を向けると、友人たちから向けられる妬ましげな眼差し。


「おのれ、柚子め。自分だけ逃げるなんて」

「私も花嫁になりたーい!」

「どこかにイケメンなあやかしは落ちてないの!?」

「そんな夢見ている暇があるならひとつでも多く英単語を詰め込め!」

「あはは……。が、頑張って皆」


 目を血走らせる友人たちに、柚子は乾いた笑いしか出ない。
 受験組の精神はかなり追い詰められているようだ。就職組も、まだ内定をもらってない者は空気が悪い。
 時折、癒やしを求める友人に子鬼を貸し出す。


「あーいあーい」

「あーい!」


 必勝と書かれたはちまきをした子鬼に応援されながら勉強に励むクラスメイトを遠巻きにしつつ、邪魔にならないように教室の隅で透子と静かに話すぐらいが柚子にできることだった。

 最近ではいつも子鬼に服を作ってきてくれていた手芸部部長の足も遠のいていた。
 休み時間になると学年問わずパパラッチが子鬼を撮りに来ていたものだが、さすがにこのピリピリした空気の中、子鬼にかまっていられる余裕のある者は少なかった。

 すでに内定をもらった就職組と共に、決戦に向けて頑張っているクラスメイトたちを刺激しないように大人しくしている。
 周りを気にしつつ声を小さくしながら、柚子は透子に問いかけた。


「ねえ、透子はにゃん吉君との結婚の話とか出てるの?」

「なによ、突然」

「いや、気になって。高道さんが、花嫁の結婚は早いっていうようなこと言ってたから、透子もそういう話出てるのかなと」

「出てるか出てないかって聞かれたら、出たことあるわね」

「なに、その曖昧な感じ」

「にゃん吉の奴、自分の十八歳の誕生日になった瞬間の夜中の十二時に私の部屋に突撃してきて、記入済みの婚姻届差し出してきたのよ。今から提出してくるから書けって言って。信じられる!? ムードもなにもへったくれもないわよ」

「にゃん吉君……」


 柚子でもそれは〝ない〟ことが分かる。

 東吉は自分がやっと結婚できる年齢になったので、嬉しくなって突撃したと思われる。高道が、花嫁のいるあやかしは一日でも早く結婚したがると言っていたので、東吉も例に漏れず気が急いた結果なのだろう。


「それどうしたの?」

「もちろん突っ返したわよ。なんでだ!?とか騒いでたけど、逆になんでそれでサインしてもらえると思ったのか聞きたいわ!って言ってね。もっと気の利いたプロポーズ用意して出直してこいって部屋から追い出してやったわ」


 透子はその時の怒りを思い出してか、鼻息が荒くなる。


「たまにアホなことするけど、あれは歴代一位のアホな行動だったわ」

「うーん、そうはっきり言える透子が羨ましい」


 よくよく思い出したら自分だってプロポーズされていないではないかと柚子は気が付いた。玲夜との結婚に実感が沸かなかったのも、きっとそのせいだ。


「なに? 柚子も結婚の話出たの?」

「うん。いつの間にか大学卒業したら結婚することになってた。透子と同じくプロポーズされてない……」


 それを聞いて、透子は深い溜息をついた。


「どうしてあやかしってのはこう自分勝手なのかしらね。まあ、柚子の場合はまだ先だから、若様もプロポーズしてくれる可能性があるのが救いよね」

「そうかなぁ?」


 すでに言った気になっていたらどうしようか。プロポーズの言葉がないまま結婚する人も世の中にはいるだろうが、柚子は言ってほしい派だ。
 玲夜の今後に期待するしかない。

「私だって別に結婚が嫌だって言っているわけじゃないのよ。けどやっぱりこっちにだって心の準備ってものがあるし、女だったらしてほしいじゃない、プロポーズってさ。だって一生に一度のことよ!? 別にサプライズしろとか言っているんじゃなくて、花束ひとつでいいから用意して持って来いってのよ。……分かった、にゃん吉?」


 うんうんと頷きながら透子の話に同意していた柚子は、いつの間にかそばに東吉が来ていたのに気付いた。
 東吉は苦虫を嚙み潰したような顔をして立っていた。


「そう言うけど、お前、その後にプロポーズしたら断ったじゃねえか」


 東吉にも言いたいことはあるらしい。


「だって、私たち高校生よ? 結婚なんて早すぎるもの」

「結婚できる年齢になったんだから問題ないだろう?」

「嫌よ。だって結婚なんてしたら、今以上に独占欲強くなりそうだし、大学生活楽しめないじゃない」

「って、それだったらいつならいいんだよ」

「うーん、そうねえ……。柚子と同じで大学卒業したら?」

「マジか……」


 東吉的にはあまりに先すぎたのか、がっくりと肩を落とした。
 その日一日、東吉はなんだか元気がなかったが、透子は放置していた。