柚子はそんな感じだったが、桜子の性格ならならきっと友人も多いだろうし、年頃の女子が集まれば自然とそういう話になりそう。
だが、桜子は困ったような顔をした。
「なにをもって友人とするか私の立場では少し難しいですね。親しい方はいますが、玲夜様の婚約者だった私に深く踏み込んでくる方はいらっしゃらなかったので」
そもそも、玲夜の婚約者に恋の話は聞きづらいだろう。
その婚約が恋愛感情から決まったものならまだしも、家同士の取り決めなのだから。
だからと言って、桜子の言い方は引っかかる。
「私は鬼であり鬼山の娘です。玲夜様の婚約者でもあった私の周りにいる方は、いつも少し怯えていて一線を引いて私に接します。それは仕方がないことなのでしょう。私の機嫌を損ねただけで家を潰すだけの力を我が家は持っておりますから。ですから、本当の友人かと聞かれたら少し悩んでしまいますね。おそらく、柚子様が思っているような対等な関係とは言えないですね」
「それは……寂しいですね……」
力を持つことはいいことばかりではないようだ。
「ああ、でも心配なさらないで。同志はたくさんいるのですよ」
「同志?」
「ええ、そうです!」
桜子はこれまでになく目を輝かせて力説した。
「目的を同じとする同志たち! 玲夜様と高道様の恋を応援する会ですわ。ここだけの話、なくしたコレクションは別の形で同志たちによって今なお増えておりますの」
「そ、それは玲夜に見つかるとマズいですね……」
「極秘に動いておりますのよ」
柚子は頬を引き攣らせた。
あのヤバイ本が再び生産されているのか。
あまりにも嬉しそうに桜子が話すので、玲夜に報告するべきか迷う。しかし、報告してしまったら桜子にとって悲しい結果になりそうだ。
「ここだけのお話ですよ。女同士の内緒話です」
暗に、玲夜には言うなということだろう。
柚子に釘を刺したあと、桜子はたたずまいを直して柚子に向き直る。
「柚子様」
「はい」
真剣な声で名を呼ばれ、自然と背筋が伸びた。
「柚子様がかくりよ学園に通うということは、私よりももっと注目を集めることでしょう。周囲へ与える影響も大きいです。玲夜様の花嫁でいらっしゃる柚子様の後ろには、それだけの力が動いているからです。ですので、これから付き合う方はよくよく考えて、あまり気をお許しにならぬようお気を付けくださいまし」
「……大学で友達を見つけるのは難しいですか?」
「柚子様の周りには、腹に一物を抱えた者たちが、砂糖に群がる蟻のように寄ってくるでしょう。これまでは鬼龍院ともあやかしとも関わりのない環境だったのでしょうが、かくりよ学園には政治や経済において力のある家の者が多うございます。そのような者たちはきっと柚子様から甘い蜜を得ようとしてきます」
「……なら、一般の大学の方がいいんでしょうか?」
そうすれば、鬼龍院と関係なく付き合える友人を得ることができるかもしれない。静かな大学生活を送りたいならそうした方がいいような気がしてきた。
「そうですね。それも選択肢のひとつですが、私の意見を申し上げるとしたら、是非とも柚子様にはかくりよ学園に来ていただきたいと思います」
「どうしてですか?」
「かくりよ学園にはあやかしの花嫁だけが入れる、花嫁学部という学部がございます」
「花嫁学部?」
「花嫁学部はその名の通り、あやかしの花嫁のための学部です。柚子様がかくりよ学園に来られるならこの学部に入られることになります」
「どういうことを教える学部なんですか?」
「花嫁に選ばれた方のほとんどはあやかしのことあまり知らず選ばれます。そんなあやかしのことを知らぬ花嫁に、あやかし社会のことを教えるための学部です。それだけではなく、社会的地位も高いあやかしは上流階級の方とも頻繁に交流を持ちますので、そんな場でのマナーや言葉遣いなど、一般家庭で育たれた花嫁が恥をかかぬように上流階級での常識も教えます」
「……私には一番必要なことかも」
「柚子様は特に玲夜様の花嫁として、あやかし界のトップに立つ女性です。しかし、申し上げにくいですが……今の柚子様は知らぬことが多いように思われます」
その通りなので反論の言葉もない。柚子は殊勝に頷く。
「かくりよ学園に行かずとも専属の教師をつければ済む話ですが、やはり同じ立場の花嫁たちと一緒に学ぶ方が向上心も上がりますし、実際にあやかしや上流階級の者たちの中で生活し慣れるのが一番の近道ですから」
「花嫁はどれぐらいいるんですか?」
「花嫁に選ばれる人間はまれです。初等部から大学部まで合わせたとしても二桁に届くかどうかという数ですね。今のところ、次の大学部の新入生で花嫁学部に入るのは柚子様以外で二人だけです」
「そんなに少ないんですか」
「そうですね。ですが、一学年に三人いるのは多い方かもしれません。それにそのうちのおひとりは柚子様と交友のある方ですし、柚子様も安心して通えるのではないかと思いますが」
透子のことを言っているのだろう。
「確かに、透子がいるのは心強いです」
「どっちにしろ身につけねばならぬこと。ならば大学で実戦訓練を積まれた方がいい経験になられると思いますよ」
そう言われて柚子は考え込む。
かくりよ学園に行くのがいい経験になるとは玲夜も言っていたことだ。
玲夜の花嫁となって少し経つが、未だに柚子には知らないことがたくさんある。
それを学べるならば願ってもないこと。
玲夜や屋敷の使用人たちはこれまで知らないことがあっても怒ることもなく優しく教えてくれたが、周囲もそれが常識すぎて、なにを教えたらいいか分からないのだ。
柚子に甘い玲夜は、無理をして慣れようとする必要はないと言ったが、それに甘えてもいられない。
なぜなら、なにも知らない柚子は、先日行われたあやかしの当主や発言力のある者たちが集まった酒宴であやかしに囲まれても、あたふたして無難な受け答えをするのがやっとだったからだ。
けれどそれは玲夜の恥になっていたのではないだろうかと、柚子はずっと気にしていた。
一般の大学に行ったのでは現状は変わらないだろう。
だが、かくりよ学園ならば誰はばかることなくあやかしのこと、玲夜の住む世界のことを学ぶことができる。屋敷の人たちにも迷惑をかけることもない。
そして、かくりよ学園には透子と東吉も行くので、安心感もある。
桜子の話を聞いて柚子は決心がついた。
「私、かくりよ学園に行こうと思います」
そう宣言すると、桜子はにこりと微笑んだ。
「なにか困ったことがありましたら、私も大学にいますので、いつでもご相談に乗りますよ」
「その時はよろしくお願いします」
こうして、柚子はかくりよ学園に行くことを決めた。