後処理は掃除の専門業者が対応してくれて
何事もなかったように綺麗になったが
そうなった原因を知ろうとしない社長を
イトカが不思議に思わないワケがない。

彼の性格じゃ『何があったのか説明しろ!』と
大騒ぎするはずなのだから。


「どうして聞かないんです?
 昨日私がグラスを割った理由を…」


翌日、社長宅の屋敷の掃除しながら
珈琲を飲む本人に掘り返してみた。


「なんだそんな事か。
 どうせ喧嘩でもして
 その勢いで俺のワインが無駄な犠牲を払い
 ついでに部屋も汚されたってとこだろ。
 そんなわかりきった事をイチイチ蒸し返すほど
 俺は暇じゃない」


嫌味と不満を込めてはいるが
理由をわかっているから敢えて何も聞かなかったんだと察し
イトカも本当の事は言わずにいた。


しかし―――


「どうしてお前が庇っているかは知らないが
 お人好しもほどほどにしろよな」

「え…」

「アレはお前が割ったんじゃないだろ。
 それくらいわかる」


社長は気付いていた。
喧嘩の理由まではわからないモノの
イトカが悪いワケじゃないと。


「シバ社長って…
 意外と悪魔だけじゃなかったんですね」

「悪魔だと?」

「いえ、天使です」


初めて社長の優しさを知った気がした―――