ブラックドッグ・フェアリーテイル ~君と13回目の主従関係~

「魂にしろなんにしろ、特に代償は要らないわよ。言っとくけど、魔女の力はほとんどがあの子に行ってて、残りはほんっとにちょびっとしかないんだから。化粧水のサンプルくらい」
「少なっ」
 玲央が失望の声をあげるのと、森のほうでドォンと激しい音が聞こえたのは同時だった。「と、とにかく、てぃあらの役に立ちそうなら、どうとでもしてくれ」
「オーケー。契約書はあとで送るわ、これ今回限りの特別措置よ」

「アルファ個体がいるはずだ」
 それまで黙っていたクロが、冷静な声で言った。
「アルファ?」玲央が問い返す。
群れ(パック)を統率するリーダーのことだ。たぶん、凝集したり攻撃したりするときに、中心となるゴーストが一体いるんだと思う」
「……ありえるわね。さすがは犬と言うべきか」ポロロがうなった。「とすると、そいつを重点的に攻撃するよう、てぃあらを誘導できればいい?」
 クロはうなずいた。
「アルファがどの個体かわかる?」
「いいや」クロは首を振った。「頭がないと、アルファが見分けにくいんだ。もうちょっと近くにいけばわかるかもしれない」

「んじゃ、市ヶ谷長男の能力はこれにしましょう」
 ポロロが言った。「空中に移動可能なステップを生み出す魔法よ。あんたが空中を駆け回って最大3分()つわ」
「百五十キロなら?」
「保って1分くらい」
「よし、わかった」玲央が深くうなずいた。片手を銀縁眼鏡にあて、もう片方の手を前に出して、いかにも格好つけたポーズを取る。
「大気の精霊よ、盟約により我に力を貸せ。出《い》でよ、天国への階だ(ステアウェイ・トゥ・ヘヴ)――」
「魔法の名前は〈スカイラダー〉よ」ポロロが無慈悲に宣告した。
 玲央は興《きょう》が削《そ》がれた顔になった。『おれのかんがえたかっこいい呪文』が使えなかったのがつまらなかったらしい。
「……〈スカイラダー〉」
 呪文は短く、それでなにかが起こるとにわかには信じがたいほどシンプルだった。だが、玲央がそう唱えると、空気がふわりと動いたような感じがして、目の前に蛍光グリーンの光が出現した。