クロに手で合図され、ミクはあわてて玲央(れお)とともに見知らぬ集団に混じった。クロは持っていたゴミ箱を、その五、六名の集団の前に置き、また手近にあったベンチを抱えて、これもバリケードのように置いた。
「クロ、すげぇな」
「うん……」
 兄の言葉に、ミクもうなずくしかない。パニックを起こしかけていた場面でのとっさの判断といい、備えつけの重いゴミ箱やベンチを軽々と持ちあげる膂力《りょりょく》といい、愛犬クロはあきらかに常人ばなれしていた。
「クロがいてよかった――」

 だが、当の本人は賞賛を聞いていなかった。けわしい表情で、さっきまで花火があがっていたあたりの中空を見つめている。
「まだ来る」
 その警告は、残念ながら当たっていた。
 静止画のように空中にとどまったままの花火を背景にして、獣の影がいっせいにはじけ飛び、落下した。もし流れ星が隕石となって降りそそいだら、こんな光景だろう。
「落ちてくる!」
「間に合わない!」
 誰かが叫び、ミクはなにかにのしかかられた。クロが自分の身体を盾にしているのだ、と一瞬遅れて気がつく。なにが起こっているかほとんどわからないまま、こんなところで死にたくない――

 そうミクが思ったとき、明るい声が響いた。
「タイムフリーズ!」
 危機的な場面にそぐわない、りんりんと鳴る鈴のように快活な少女の声。
「クラッシュ!」
 その声に呼応するように、ぱらぱらとなにかが舞い落ちてくる。自分に覆いかぶさる男の背中にも。だが地面に落ちたものを横目で見るかぎり、粉砕された破片は外傷を与えるほどのサイズではないようだった。
 月と花火の煌々《こうこう》とした光を背景に、小柄なシルエットが浮かびあがった。
 フリルとリボンがあしらわれたかわいらしいコスチュームと、二つ結びにした長い黒髪が、はたはたと夜風になびいている。
「楽しい花火大会を邪魔するなんて、ゴーストの群れは許さない!」
 なんの説明もなく空中に浮かぶ少女が、《《ろうろう》》と宣言した。
「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ! 正義の心に燃える光の白魔法! わが鉄拳、受けるがいい! 魔女ガートルードの血を継ぐシャイニング・ティアラ、ただいま魔女修行中っ♡」