オオーン……ァオオーン……
 暴風のうなりにも、犬の遠吠えにも似た声があちこちで重なって聞こえた。

 熱気に満ちた大勢の見物客たちが、いっせいに動きを止めた。なにかおかしい、とミクは思う。これほどの人数が、頭部のないオオカミのような生物を目の前にして、パニックにならないはずがないのに。まるで時間が止まっているかのように、あたりは静まりかえっていた。ぱりん、ぱきん、という薄氷のような音が続いている。
 夜空を見あげると、大輪の花火が、開いたまま貼りついたように光をとどめていた。
 人ごみは花火を見あげる姿勢そのまま、凍りついたようにやはり動きを止めていた。

 《《本当に時間が止まっているんじゃ》》、とミクが思いかけたとき、火がついたような子どもの泣き声で、はっと顔をあげた。彫像のように静止する人影のなかに、ちらりと動く浴衣の切れ端が見える。
「子どもが――」
 ミクが言いかけるのと同時。首のない獣は、くしゃみの直前のように固まると、緊張感のある一瞬の間を置いて、爆発した。――いや、爆発したのではなく、殖《ふ》えた。音とともに一気に分裂し増殖したのである。
「ひぃっ」
「きゃぁああ」
 悲鳴は思ったよりも近くで聞こえた。動かない人影のあいだから、子どもや女性など数名がわらわらっと出てきて、出口のほうへと走って逃げようとする。獣たちが向きを変えて、じりっと彼らに近づいた。

「急に動くな!」クロが鋭く命じた。
「背中を見せて逃げるな。ばらばらにならず、子どもを中心にして固まって。足を出して追い払うんだ」
 よく通る低い男性の声が奏功《そうこう》したのか、動いていた数名は慌てて言われたとおりにした。
 だが、獣たちはすでに標的を決めてしまったように、子どもと数名が固まっているほうへひたひたと近づいていく。
 クロは近くにあったゴミ箱を持ちあげて、獣たちに向かって中身をぶちまけた。ビンや缶が甲高い音を立てて落ちると、獣たちはびくっとして後ずさる。ひるんだところを、クロがゴミ箱で打ちかかると、一匹がガラスの彫像のように砕け散った。周囲の獣たちはオンオンと警告の鳴き声をあげて散っていく。