お堀公園の花火大会は県下有数の規模で、毎年数万人の見物客でにぎわう。陽が沈みはじめる時間になると、それはもう大変な人出でごった返し、公園にたどり着くのも苦労するほどだった。色とりどりの浴衣の背中を山ほど眺めながら、じりじりとなかへ進んでいく。
 クロは、片手に玲央の作った弁当とショッピングバッグとを下げていた。そのプラスチック袋のなかには、ミクが買ってやった洋服と下着と、犬用の新しいリードが入っている。もしてぃあらの元に預けるということになれば、そのまま渡せるようにだった。
 もう片方の手はミクとつないでいた。つなぐ、というと語弊(ごへい)があるかもしれない。つまむ、のほうが近いかも。大きな手の、ほとんど三本の指だけで、力をこめずにミクの手をくるんでいる。その力の入れ加減は、お気に入りのボールをそっとくわえている犬を思いおこさせた。

「姿が変わるの、自分でコントロールできるの?」
 朝聞きそびれたことを、ミクは聞いてみた。
「いくらかは」クロは考えながら答えた。「最初の日はダメだった。明け方と夕方に、どちらかの姿になろうとする《《引き》》の力みたいなものがあるんだ。でも、だんだん自分の感覚が戻ってきている気がする」
 こちらの姿のほうが、その《《引き》》の力に抵抗しやすいのだ、とクロは説明した。
「今日はそれで、こっちの姿なの?」
「それもある」同意すると、ちらっとミクを見下ろす。「……それに、犬の姿だと、ミクが離れがたくなる」
 その口調は、昨晩と同じように淡々としていて無感情だった。
(せっかく、いい飼い主と犬になれそうだったのに、クロは平気なの? わたしと離れがたくはならないの?)
 
 陽が落ちてもなお蒸し暑く、紺の半袖カットソーにスキニージーンズという軽装でもしだいに汗ばんできた。ミクは、もやもやした自分の気持ちを、どう整理したらいいのかわからない。